拝啓、私の神様

 青年は弓というものを愛していた。何がきっかけなのかは覚えていなかったが、木のしなる音も、キリキリと弦の張り詰める音も、風を切る音も、全てが青年の心を捉えた。常に弓道部に入り浸り、放課後に友人と遊ぶよりも弓。休日に出かけるよりも弓。長期休暇は教師に頼み込み一人で弓。某狩りゲームは弓のみフルコンプ、ソロ弓プレイ万歳、頭部破壊も部位破壊も任せろー!矢切で偶に尻尾だって切っていた。恐らく青年に狩られたモンスターたちは目から潰されていた。哀れである。
 そんな、弓に関すること以外にはスーパードライな青年は、大学4年、就職活動中に審神者なるものに勧誘された。簡単に言えば刀に眠っている付喪神を呼び出し、力を蓄え、歴史改変を目論む歴史修正主義者を倒すこと―が、仕事である。審神者はこの世とは違う異空間に存在する本丸へ拠点を持ち、そこで呼び出した付喪神、刀剣男士と生活をしながら戦うのだ、と説明する政府から来た人間に、青年は冷え冷えとした眼差しを向けた。

「審神者に関する情報が機密であること、それを私に言ったこと。それはつまり、私に拒否権はないということですか?人権無視ですか?脳みそ腐ってるんですか?死にますか?」
「申し訳ございません!!!」

 腐った生ごみを見るような目に政府の人間は反射的に土下座した。土下座したまま、審神者の人数が足りないこと、拒否権はないが希望があれば出来る限り叶えること。反して、現世には申請が通らないと帰れないこと、命の保証はできないことを訴えた。

「審神者さまを守る手段は講じております、が、万全とは言い切れません。歴史を守るという大義のために一般の方と刀剣の皆様を犠牲にしていると言われても否定は致しません。申し訳ありません。健康診断で貴方から審神者としての力を感知した以上見逃すわけにもいかず…」
「………あなた方は、私に戦場で死ねと」
「はい」

 顔を上げて、政府の人間は痛恨と後悔と、悲痛に塗れた声で絞り出すように返事をした。青年は変わらずの冷えた眼差しで、けれど肩を竦めた。

「そもそも、拒否権がないならここで駄々をこねても意味がないですし。幸か不幸か天涯孤独のこの身です。お受けします」

 ただし、と、青年は初めて政府の人間に微笑んだ。それは鷹が獲物を狙っている様な、鋭い猩々緋の目。

「私の収集している弓コレクションを、一切の傷をつけずにその本丸とやらに運んでくださいね。傷つけたら目潰ししますよ」


*


「政府絶対殴る。目潰しじゃすまさない。玉も潰す」
「審神者さま、落ち着いてください審神者さま。目が殺意でギラギラですよ」
「大丈夫だよ、こんのすけ。お前は政府とは関係ないからね。玉潰しリストには載ってないよ」
「ヒィッ」

 爛々と輝く猩々緋の目にこんのすけは戦慄した。同時にこの審神者を案内した職員と勧誘した職員に心中で十字を切った。あなたがたの犠牲は忘れません。どうぞ審神者さまのために玉潰しされてください。アーメン。薄情な狐である。
 なぜ審神者が激おこぷんぷん丸なのであるか、というと。タイミングと運が悪かったとしか言いようがなかった。いわゆる審神者のためのチュートリアル、初めの5本の刀から1本選び、初出陣させ、初手入れをして、初鍛刀をする。審神者は山姥切国広を選び顕現させた。あれよあれよという間に初出陣、ボロボロになった山姥切国広を見て審神者は真顔になりつつ手入れをした。弓厨、スーパードライ(ガチ)、偏愛マシーンなどというあだ名をつけられていた弓以外に関心を向けない審神者であろうと、流石に己の指示で傷だらけになった山姥切国広に情がわかないわけではない。そこまで人情を捨て去ったつもりもない。そも、山姥切国広は元は刀である。審神者は弓厨である。道具は使い、手入れをし、愛でてこそ真価を発揮すると心底から思っている弓偏愛マシーンである。人の身を得たとは言っても本質は刀である山姥切国広を―卑屈だけれど誇りを持つ、見捨ててほしい、認めてほしいと矛盾に泣いている幼子のような、己のための刀を愛そうと決意するのに時間はかからなかった。それを宣言して山姥切国広に絶句された。審神者はコミュニケーション能力は並程度にはあるが、いかんせん弓を愛しすぎて人と関わることが少なかったので発展途上である。故に何故山姥切国広が絶句したのか分からずに首を傾げた。さっきの宣言は誰がどう聞いても間違えようもなく愛の告白だとこんのすけは顔を覆った。ちなみに山姥切国広は布で顔を隠して、どうせ写しにはすぐに興味がなくなる、と呟いたが、視線はチラッチラッと審神者を追っていた。
 さて。初手入れの後は本丸の案内、次いで初鍛刀である。ここで問題が起こった。審神者の家系が歴史修正主義者からの過去への攻撃によって歪み、現代へと影響を大きくしながら響き、審神者自身が“存在しないもの”として消されかけたのだ。審神者の家族が、周囲の人間の記憶からも、あらゆる記録媒体からも消え去った。政府は割と優秀でホワイトであったので、審神者の家系が消えた数日後に状況を把握し、審神者がさぁやるぞ、と資材を選び出したときにこんのすけを通してその情報をもたらした。なぜに審神者が消えてなかったかというと、審神者を消そうという力と、科学とオカルトの結晶である本丸の、異空間に存在出来得る結界が大戦争を起こして本丸側の辛勝に終わったからである。大変に重度のシリアスな問題だったはずなのだが、審神者が気にしてなさ過ぎて重度になり切れなかった。
 なにせこの審神者、審神者自身は無事だったから平気だという鋼メンタルな上、両親は高校の時に亡くなっていて遺産で大学に通っていたので、家系が消えたことに特に思うところはなかったのだ。審神者の両親も審神者と似た関心の薄い人間で、けれど審神者より人情を捨てていた。つまるところワーカーホリックな両親は過労で亡くなっているのである。子どもより仕事をとる親を見て、審神者は悲しむ…ということはまったくなく、思う存分弓を愛でていた。審神者の幼少期を知る人物は、親から愛されなかった子どもが無機物に愛を求めた、と目頭を押さえたが、審神者はちっとも気にしていなかった。両親のことは養ってくれる人としてそれなりに慕ってはいたが、それだけだ。審神者はショタの頃からスーパードライ(ガチ)であった。そのまま育ったものだから親しい友人はできず、人間関係の大切さは知っていても必要性を感じなかった審神者は、弓>>>越えられない壁>>>ありとあらゆる事象のまま現在に至る。つい先ほど弓≧山姥切国広、こんのすけ>>>越えられない壁>>>ありとあらゆる事象に変化したが。
 そんな似非シリアスな中、最悪なタイミングで敵襲を受けた。審神者を消そうとした力と大戦争をして辛勝したためにほとんど力の残っていない本丸に、である。通常の本丸なら結界に守られているのでよほどでなければ敵襲を受けるはずはないのだが、弱った本丸など格好の餌食である。最悪すぎて審神者は死んだ魚の目になった。似非シリアスは生死をかけたデスゲームに変貌した。弓に関しては玄人でも流石に群棲を相手にしたことはない、しかも霊力はあっても術士ではない人間の審神者と、顕現したばかりの練度1の山姥切国広と、守るための術は持っていても攻撃手段は持っていない上、敵のせいなのかまったく外部への連絡がとれないこんのすけと。たった3人ぽっちで何ができるというのだろう。
 ひび割れていく結界を見つつ、審神者は生き残る術を模索した。こんのすけと話した末、本丸全体にかかっている結界を小さくしてこんのすけと審神者の力も含め強化し、異空間から脱するということになった。異空間から無理やり出る形になるので何処に弾かれるのか、そもそもうまくいくのかというハードルはあるが、どうせこのままでは確実に敵に殺されるのだ。審神者は自分の力を過信しない。敵は3人でどうこうできるレベルではない。
 善は急げと審神者は山姥切国広とこんのすけと共に、とりあえず審神者の自室にあらゆる荷物を運んだ。無論審神者の弓コレクションもである。倉庫になっている蔵には食材に野菜の種や資材があったが、この蔵もまたオカルトと科学の結晶なのか入れたものの保存がかなり効くらしい。持ち運びはできないし永久的に保存できるわけではないがゲーム定番のアイテムボックスである。これで勝つる、と審神者は思わずこんのすけと山姥切国広にサムズアップした。審神者は弓に関するものなら二次元のものも愛でる弓厨であるので、限定的ではあるがオタクであった。ネタフリも割と好きである。今までふれる相手がいなかっただけで。
 異空間であれど結界内なら水道も電気も通っているのだから、飛ばされた先でも結界さえ生きていれば大丈夫だろうと、審神者の自室、キッチン、風呂、トイレ、手入れ部屋、鍛刀部屋、蔵、そしてこれまた科学とオカルトの結晶である、育成スピードが半端ない畑を限定して結界で覆った。小さくなった分幾分か強固になった結界に、審神者の霊力と結界専門術士なこんのすけの力を注いで、ついでに山姥切国広の神気も注いでもらった。あんたに死なれたら困る、と呟いた山姥切国広に審神者はうっかりときめいた。こんのすけは微笑ましくそれを眺めていた。

 結果として、審神者も山姥切国広もこんのすけも結界も生きたまま異空間から脱することはできた。けれど無事ではなかった。
 こんのすけはずっと政府へ緊急コールをしていた。それこそ脱出するときもである。そのせいなのか外部への通信と脱出するときの時空の歪みがぶつかって、こんのすけの外部への連絡ツールは完全に壊れていた。化学方面もオカルト方面もである。ちなみ本丸もほぼ壊滅、異空間から脱したことで政府側からの探知結界も壊れたので、恐らく政府は審神者をほぼ死んだものとして扱うだろうとのことだ。まさか無理やりに異空間を脱して生きているなど流石にホワイトと言われる政府でも想像し難かったはずである。
 山姥切国広は実は神気をけっこう注いでいたせいで人の身を保てなくなり、5歳ほどの子どもの姿になっていた。服装も5歳児サイズになっていた。金髪碧眼の麗しいショタである。
 審神者は本来刀剣男士しか立ち入れない戦場に無理やり来た影響で、付喪神を降ろす能力を失った。鍛刀はできても、戦場で刀を拾っても、それに刀剣男士を宿せないのだ。刀装の妖精さんもである。鍛刀部屋の妖精さんは元々いた存在なので元気にぴょこぴょこ跳ねていた。一見無事に見えたが、念のためにと審神者の能力を随時把握できるこんのすけが調べた結果の悲劇であった。
 さらに悲劇は続いた。たしかにどこに飛ばされてもいいという覚悟はもっていたが。もってはいたが。

「審神者さま…ここ、厚樫山です………高難易度エリアです………6人編成の刀剣男士の皆様の練度が60以上あれば安心かな、みたいなところです…………しかも歴史修正主義者との戦いの場からめっちゃ離れた、厚樫山の端の端なので、刀剣男士さまはよほどのことがない限り近くを通りかかることさえないです……………」
「つまり?付喪神を呼び出せずに戦力が増えない俺たちは?ここでもう暮らして行けと?おっとうっかり外面が外れるレベルに動揺してるよ、困ったなぁ」
「存在を消されかけても、敵襲にあっても敬語だった審神者さまの猫を吹っ飛ばす厚樫山すごいですね…」
「さすがに飛ばされた先がラスダンってのはねえ………はあ、ちっさい山姥切国広だけが癒しだよ………」
「抱き上げるな!頬ずりするな!頭を撫でるな!!写しなんか可愛がってどうする!!」
「もう写しとか関係ないって。さっきも言ったけど俺は君が実力を精一杯発揮できるように手入れするし、君を愛すよ。能力を失ったせいでもあるけど、山姥切国広、君が俺の唯一の刀剣なんだ。君が折れるときは俺が死ぬときだよ」
「っ、…っ………付喪神を降ろせないから俺しかいないんであって、どうせ、俺は、選ばれたわけじゃ……」
「選んだよ何言ってるのこの子………そもそも俺は、どんなものでも愛するほど器用でもなければ善人でもないからね?わかる?山姥切国広が山姥切国広であったから愛そうと決めたんであって、もし君が別の刀剣男士だったら、大切に扱いはするけど愛でるまではいかないからね?俺の山姥切国広。写しの君がかわいいの」

 刀剣男士とは本来は刀である、という意識から、審神者は山姥切国広に対していつも弓に対するような愛を注いだ。弓にだって反抗的な子、素直な子、元気な子がいて、それぞれが愛おしい。今まで不遇であった子も、その子の良さがあって愛おしい。山姥切国広だって、審神者のために神気を大量に使う様な優しい子であるのだ。愛しすぎである。そんなことを言ってくる審神者に音を立てて固まって、そしてそのまろい頬を真赤にした山姥切国広のさらさらな金髪に顎を乗せながら、審神者は先の玉潰しのセリフを吐いた。政府職員の下半身は現在をもって呪われた。

「とりあえず結界は生きてるから生活はできる、と。ううん、日本屋敷が一気に平屋になったね。部分的結界がなぜ平屋に再建築されたのか…謎すぎる………オカルトと科学の結晶ヤバイ」
「本丸と私に関しては企業機密ですからね。あ、審神者さま、本丸の結界はありますが、外にもう一枚、敵に気づかれないようにする認識障害のための結界を張ったほうがよいかと思います。異空間だったら本丸の結界だけで大丈夫なのですが、ここは戦場なので念のために。ただその結界は私を媒介にして張るので、私が敷地内から出ると消えてしまいます」
「オッケーオッケー、張っといて。流石にもう敵襲は受けたくない」

 最早無言で審神者の腕の中に納まる山姥切国広の頭を撫でながら、審神者はこじんまりした平屋の縁側に腰を下ろした。さてどうするか、と首を傾ける。とりあえずは山姥切国広の神気が戻って青年の姿になるまでは、平屋になったミニ本丸で生活基盤を整えるしかない。その後は、食料が切れるまでになんとか助けを求めなければならない。つまり、厚樫山を山姥切国広1人で歩かせなければならない。刀装なしでである。そんなこと断固拒否である。練度1、刀装なしで歩き回れるような場所ではないのだ。どうするか、と山姥切国広の頬をつつく。小さな手がぺちんと審神者の手を叩いて、審神者はきゅんとした。弓厨審神者はこの怒涛の数時間で山姥切国広厨になりそうだった。嫌そうに手を叩いてくるくせに無理に膝の上から退こうとしない審神者の唯一の刀。人に関心を持たないけれど弓を偏愛している審神者は、刀であり人である山姥切国広を愛いと思う。人ではないから愛いと思うし、刀でないから人間同士のコミュニケーションをとれる。これがただの人間の子どもであったら、無碍にはしないがここまで可愛いと思わなかっただろうな、と、審神者は思った。審神者は己の異常さを受け入れていて、そんな審神者の慈愛を引き出してきた山姥切国広が可愛くて仕方なかった。
 おまえはほんとにかわいいねぇ、と、現状には似合わないのほほんとした声に山姥切国広はぐっと息を詰める。冷えた敬語を使っていた審神者は、けれど手入れのときから柔らかな声になって、今では柔らかであたたかな言葉を紡ぐ。己以外の刀剣を持てない、山姥切国広だけの審神者。この人間は写しの山姥切国広を愛いと言った。それに山姥切国広の口元はむずむずと疼く。泣きたいような、うれしいような、審神者の山姥切国広を見つめるあたたかな猩々緋の目のような、ふんわりとしたやわらかいものが胸の奥に積もっていくようだった。それは遠い昔の、鋼であった身を刀へと変えていく、父の手のようなあたたかで、無条件に信じられるようなものだ。なにを為しても流石山姥切の写しだと言われ、失敗をすると所詮写しかと言われるうちに擦り切れてしまった心をひたひたと満たしていくそれを、山姥切国広は拒否できない。人に使ってほしいという刀としての本能と、放っておいてほしいという傷ついた心と、山姥切国広そのものを見てあいしてほしいという願望のがんじがらめな紐がそっと解かれていくようで、山姥切国広は審神者の胸に顔を埋めた。
 あっやばいかわいすぎると審神者が心の中で顔を覆った。

「…………うん、よし、国広」
「!?」
「君のことはこれから国広って呼ぶからよろしくね」
「く、くにひろは他にもいるぞ」
「でも俺の国広は君だけだもの。ちっさくてかわいい国広。君と、こんのすけと、俺で、なんとか生き足掻いて、政府に殴り込みにいこう」
「……ん」

 微笑んだ審神者を見上げて頷いたあとに、山姥切国広はぎゅうっと審神者に抱き付いた。審神者脳内大フィーバーである。うちの国広がこんなにかわいい。


*


 神気の回復は、よく食べ、よく寝て、そしてなにより主である審神者の近くにいればいるほど早くなる。とこんのすけに言われて、審神者は喜んで抱っこを通常運転にした。回復する分には文句はないが、山姥切国広は羞恥の余りつんとそっぽを向く。赤くなった頬が布の隙間からちらちら見えて、審神者はご機嫌になりつつ蔵に元々ある野菜を数えた。調味料の類は一般的に常備されているもの程度はある。2人と1匹なら半年は保つだろうと考えつつ、それなりにある野菜をすこし、俵で置いてある米をすこし篭に入れて背負って、審神者はキッチンへ向かった。なんだかんだと気づいたら夕方を越えて空は藍色になりつつある。審神者の要望で最新機器の揃ったキッチンで、とにかく米を炊こうと山姥切国広をおろせば―山姥切国広は審神者の太ももあたりの服をぎゅっと握ってきた。硬直しかけた審神者は気合で気づかなかったふりをして、改めて結界があれば不思議なことに水道も電気も通ることに感謝した。これがなかったらリアルサバイバルをしなくてはならなかったのである。食べれる野草と食べれない野草の違いなんて分からないし、敵を気にしながら野宿など精神をヤられるだけだし、確実に死んでいた。結界様様である。

「そうだ、こんのすけ。君は厚樫山の地形とかはわかるのかい」
「極々一般的な地図程度でしたら。流石に野生の獣の分布なんかはわかりませんが」
「そこまでわかってたら俺は君を崇めるよ……川とか、魚が捕れそうなところはある?」
「………そうですね、この本丸からなら、20分ほど歩けば」
「そっか、ありがとう。当面は国広が元に戻るまでのんびりして、そのあとは少しずつ結界の外を探索して、その川で魚を得ることを目標にしようか。ここが厚樫山の端の端だとしても敵がいないとは限らないし、野生の獣だっている。慎重に慎重を重ねて、臆病なぐらいでいこう。俺はこんのすけと国広を死なせたくないし、俺も死にたくない」

 山姥切国広とこんのすけの頭を撫でた審神者は、嬉しそうに尻尾をふるこんのすけも、ほんの少しだけ弧を描いた山姥切国広の口元にも気づかないまま、一人暮らしで培われた料理スキルを発揮してご飯とみそ汁、おひたしに、限りのある卵を使って卵焼きを作り上げた。簡単に出来て美味しいので、この組み合わせが審神者は好きだ。卵焼きに大根おろしは最高である。マヨネーズでも可。
 さて食べるか、と視線をあげれば、箸を上手くもてずに慌てている山姥切国広がいた。こんのすけは既にいただきますをして器用に食い散らかしている。そういえば人の身を得たばかりで、箸の使い方を知ってはいてもできるとは限らなかったな、と、向かい合わせに座っていた審神者は山姥切国広の隣に移動した。小さな手がちまちまと試行錯誤しているのを眺めていたい気はしたが、空腹のままなのは可哀想である。
 こうだよ、と握り方を教えて、初めてであろう炊き立ての甘いご飯を食べて、山姥切国広の花緑青の瞳がまあるくなる。口いっぱいにご飯を頬張った山姥切国広の頭上でぱっと何枚かの桜の花びらが舞った。ご飯をゆっくり咀嚼してごくんと飲み込んだ彼に、審神者は小さく噴き出した。

「おいしい?」
「…不思議な味がする。やわらかい…?」
「ああ、ご飯は柔らかくて優しい味がするよね。たぶん甘い…かなぁ。甘さにも種類があるから難しいなぁ」
「甘いはたくさんあるのか…」

 山姥切国広の瞳の中に星が散る。次いで恐る恐る卵焼きを食べて顔を輝かせた。麗しく可愛らしい子どもが美味しそうに食事する様を見て、精神も割と見目に引っ張られて幼くなってるのかなと微笑ましくそれを眺める。甘い、辛い、すっぱい、苦い、おいしい。いつか好きな食べ物ができればいいなと審神者は思った。牛乳やらバターやら卵やらは新しく入手できないので限りはあるが、和菓子や洋菓子を作ったら喜びそうだと審神者は食事に夢中な山姥切国広に気づかれないように、こんのすけにお菓子と、食材を節約しつつおいしく出来る料理のレシピをそれとなく聞いた。事情をすぐに察して内蔵されているデータベースからあらゆるレシピを引っ張ってきた科学とオカルトのブラックボックスこんのすけに審神者は戦慄した。結界を張れるし戦法から雑学まで膨大な知識を持っているしノリもいいし、チートとはこんのすけのことであった。

「今日はもう風呂に入って寝るかなあ。怒涛の展開すぎてそれなりに疲れたし」
「存在を消されかけて、襲撃されて、厚樫山に孤立無援なのにそれなりの疲労で済んでしまう審神者さまがこわい」
「んん~、なるようになるっていうか………生きていけるならいいっていうか………?難しいことを考えるのも面倒だし」
「最後が本音ですね?こんのすけは今日だけで割と審神者さまのことを把握しましたよ?」
「ほほう」
「周りに興味のない、面倒くさがりで、なんとなく生きてる、弓厨の山姥切国広さま厨」
「こんのすけ厨もいれといて」
「審神者さまのたらしスキルがヤバイ」

 真剣に言い放ったこんのすけに「やばくはないよ」と言い返しつつ、山姥切国広の頬についたご飯粒を取る。ハッと審神者を見上げた山姥切国広は、慈愛に満ちた眼差しを受けて居心地が悪そうに視線を泳がせた。気にされることに。触れられることに。やさしさに慣れていないその様は、審神者のかき集めたちっぽけな庇護欲を刺激する。
 めっちゃ甘やかそうと決意した審神者の胸の内を知らないまま、山姥切国広はうれしさでほんのりと花緑青の瞳を和らげた。

 審神者に甘やかされて支えられて愛されてサバイバルして、襤褸布キャストオフかつ審神者にベッタリな希少種山姥切国広が生まれて、そう遠くない未来、審神者業界に激震が走ることを―まだ誰も、知らない。