本丸ブリリアントデイズ

 このたびめでたく。たった六振りの刀剣男士に支えられていたちいさな本丸の審神者は、審神者になる前から付き合っていた男性と結婚し、新しい命を授かった。夫婦も刀剣男士も喜んだが、自我がかたまっていない腹の中の子に神気と霊力の溢れる本丸は良い環境とは言えず、また、もともと六振りの刀だけしか顕現できない、審神者として最低限の力しか持っていない彼女が出産後に変わらず霊力を保っていられるかと聞かれれば、その可能性はほぼないだろうというのが本人と刀剣男士たちの意見であった。であれば、審神者の引退も仕方のないことだ。
 引退の理由が幸によるものであるし、人の身を得て、こころのうちを健やかに育み、ひとつの部隊で喧嘩もしつつ信頼を育て、強かにうつくしく今生を生きる彼らは、まだやれることがあるだろうと刀解ではなく引き継ぎを選んだ。
 毛先につれて赤味を帯びる長い髪を持つ加州清光は、まだ初期刀と短刀しかいない新人の審神者の元へ。
 つるりとした真白の肌に赤と金のオッドアイを持つ愛染国俊は、霊力の質により短刀を呼び出しにくい審神者の元へ。
 陶器のように表情の動かない、けれど雰囲気は極々普通に明るい獅子王は、剛毅な性質の審神者の元へ。
 通常の個体より小さく、少年に近い青年の姿の石切丸は、男性の苦手な審神者の元へ。
 それぞれが審神者と話し合い、合意と契約に則って第二の本丸へと旅立っていった。一番最後までどの審神者の元へ行くか決まらなかったのは、髪も服も濡れ羽色、瞳は金、心の中は騒いでいるのに表情が全く動かない鶴丸国永と、虹彩がグラデーションになったり、何色もが混ざり合ったりと、万華鏡のように輝く瞳を持つへし切長谷部だ。
 何故かと問われれば、この二振りは共に同じ審神者の元へ行きたいと希望したからである。日常生活の中でも、内番でも、戦闘でも。今までの時間の中で、鶴丸と長谷部は以心伝心当たり前、阿吽の呼吸の最高の友としての関係を築いていたからだ。離れがたいのは六振り共同じだが、この二振りだけは特別に縁が濃い。隣り合うことが普通になるほどに濃くなり過ぎた。離れてしまえば支障がでるほどに。
 故に二振りともに受け入れてくれる、部隊も一緒にしてくれる審神者を探すのに少々時間がかかった。とはいえ、審神者の霊力の影響で通常の刀剣男士とは見目の違うものばかりが集まった本丸だ。政府が慎重をかさねて刀剣と審神者、双方が不和を起こさないように引き継ぎを行ったので他の刀剣男士たちもそれなりに時間がかかっている。
 ようやっと六振りがそれぞれの審神者に引き継がれたのは、本丸が解体された夏から季節がふたつは過ぎた、肌寒い冬の終わりの頃だった。


*


 きらめき星の散る万華鏡。藤紫、桔梗、紫苑、菖蒲。くるくると輝きの色を変える瞳がじっと鶴丸を見つめる。鶴丸の恐ろしささえ感じさせる絶世の美貌の、その白い肌を彩る艶やかな黒髪を手袋を外した指先で梳きながら、長谷部はううむと唸った。傍目に見たら感情の読み取れない無表情、けれど長谷部にとってはなによりも雄弁な蜜を固めたような鶴丸の瞳が不思議そうに瞬いている。

「どうしたんだ、長谷部。これからの新生活に不安でもあるのかい?俺がいるっていうのに」

 硬い無表情の中、長谷部にしか読み取れない蜜色の瞳の揺れが鶴丸の本心からの心配を伝えてくる。鶴丸が髪を梳いている長谷部の指を己の指で絡めとり、そのまま手をつないで揺らせば、口をつぐむ長谷部が「それだ」と囁いた。視線だけでどれだ、と問えば、つないだ手に力を込めて、長谷部はぎゅうっと眉間に皺をよせる。

「お前の表情のなさも俺の目のことも。次の本丸は承知しているし、そのあたりについては念入りに話し合いもした。刀剣たちとも一度は会った。………だが、本丸にいる人数が前とは全く違う。うまくいかないことも多々あるだろう。それで鶴丸、お前の気に病むようなことがあったなら、なんてことばかりを考えてしまう」
「…これは、まいったな。きみは本当に俺のことが好きだなあ」
「なんとも思ってないならこんな皮算用で不安になることもないだろうが」

 唇を尖らせる長谷部に鶴丸はこころのうちで盛大に照れる。顔には出ないが伝わってしまったらしく、長谷部はいたたまれないと言うように桃色の目を伏せて黙り込んでしまった。そんな長谷部の手を握りなおして、鶴丸はこつんと額同士をぶつける。蜜と桜が至近距離で見つめ合う。

 きらめき星の散る万華鏡。桜、珊瑚、薄紅、桃。鮮やかに咲き乱れる花々の色。感情の乗らない宝石のような美しさを持つ瞳は畏怖を抱かせるには十分すぎるが、鶴丸にとってはなによりもいとおしい友の、いっとう好きなところだった。目の前の万華鏡をじっと覗き込みながら鶴丸は頬を摺り寄せる。それは感情が顔にも声にもでない鶴丸の、長谷部に対する友愛の動作だ。
 鶴丸の心配ばかりをする真面目でやさしくうつくしい、星のような瞳の長谷部へ、鶴丸は出来得る限りのあたたかな声をこころがけて、出来得る限りの笑みを意識して、想いのたけを乗せた眼差しを注ぐ。

「まあ、喧嘩とかいろいろあるかもしれないし、出陣する先の難易度も上がっているだろうな。でも、きみがいる」

 絶対の味方。無二の親友。得難い最愛。
 君と一緒ならば千の敵にも勝る。仲間内の不和も、この無表情さを誰にどう思われようとも、君がいるならちっとも怖くない。
 主のために刀を振るおう。仲間のために戦場を駆けよう。けれど今生は疾うに星の瞳のへし切長谷部を運命に定めている。生きることも死ぬことも、一緒でなければ意味がない。
 ああ、だから。

「長谷部。俺の藤。俺はきみのほうが心配だ。やさしいきみが傷つかないか、うつくしいきみに誰かが懸想しないか、心に添わないことをしてこないか。こんなことを言えば次の本丸の連中が怒りそうだが、人の身を得てしまった俺たちが、衝動に身を任せないとは言い切れないだろう?」

 鶴丸が頬を長谷部の肩に乗せて囁けば、長谷部は頬を薔薇のように染めて、けれど困ったように鶴丸の黒髪を撫でた。うろ、と泳がせた瞳は熟れた林檎の色。深くなった眉間の皺も、盛大に恥ずかしがっている顔色のせいで鶴丸にはいとおしいばかりだ。
 長谷部は何度か口を開いて閉じて、鶴丸の黒髪に頬を寄せる。ほぼ抱き合っている距離でもかろうじて聞き取れる小さな声は羞恥で震えていた。

「………懸想するものなどいるものか。俺の隣はお前だけで手いっぱいだ」

 ―ああ。ああ!この瞬間の衝動をなんといえばいいのか、鶴丸はまったくわからなかった。腕の中で顔を赤くして震えている長谷部がいとおしくて、あまりにもかわいくて、ほとんど動かない頬がかすかに持ち上がる。繋いでいた手を解いて長谷部の頬を両手で挟み込んで、薔薇色の頬をやわく捏ねた。

「きみは本当に、もう、なんてかわいいことを言ってくれるんだ!」
「俺をかわいいと言うのは鶴丸ぐらいだぞ………」
「そりゃあそうとも!長谷部のかわいいところを見たら絶対に構いたくなるってものさ。が、長谷部をかわいがって、構って、独り占めしていいのは俺だけだ。俺以外にかわいいなんて言われてくれるなよ?」
「そんなもの好きはお前だけだ」
「そんなことないと思うがなあ」
「…………鶴丸、のほうが、馴染みの刀たちに構われるだろう。お前はやさしいし、気さくだし、話がうまい。…俺は言葉が足りないことにあとから気づく」

 ぎゅう、と。長谷部の腕が背中に回される。鶴丸は瞬間息を止めて固まった。
 いつも鶴丸ばかりがやきもちをやいていた。独り占めしたくてたまらないと縋っていた。そんな鶴丸を苦笑しながら受け止めていた長谷部が。前の本丸にはいなかった、次の本丸で出会うであろう鶴丸の旧知にやきもちをやいている。鶴丸は長谷部がかわいすぎて俺はいつか死ぬかもしれないと思ったが、こんなかわいい長谷部を残して死ねるものか、と様々な思考を経て、脱力して長谷部にもたれかかった。
 長谷部がかわいすぎて心労がひどい。長谷部はひどい。俺はこんなにもきみに一途なのに、きみときたらたまに見せる笑顔ひとつで俺を簡単に思い通りにしてしまうんだ。拗ねたような鶴丸が力任せに肩に懐きながらそんなことを言うものだから、長谷部は恥ずかしいやら嬉しいやら、とうとう面白くなって笑ってしまった。
 明日には新しい仲間の待つ本丸へ移動する。今まで六振りと審神者で過ごしていたこの本丸との別れの時はすぐそこで、廊下を歩くだけで溢れてくる思い出を、明日への不安を、寂しさを、それでも最愛が共にいる安心を胸の中にしまい込みながら、鶴丸は笑いすぎて大きく息をしている長谷部の額に口付けた。くすぐったそうに肩を竦めた長谷部が花が咲き綻ぶように笑むものだから、鶴丸はこのうつくしい友の隣で生きていける震えるような喜びを、そっと唇に乗せた。

「なあ長谷部、俺の隣にきみがいるかぎり、きっとなにも不安になることなんてないんだ。俺はきみに嫌われることが一番怖いんだから」
「…ばかつる。あほつる。まぬけつる。俺がお前を嫌いになんてなるわけないだろう」
「そうだろうな!俺もきみを嫌いになんてなるわけがないしな。ほら、怖いことなんてないぞ!」
「なんで勝手に俺の怖いことがお前に嫌われることになっているんだ、間違ってはいないが。………とても今更だが、俺たちのこの嫌われないという自信はどこからくるんだろうな」
「愛からだろう」
「なるほど、愛か」


*


 日差しが暖かくなりつつある冬の終わりに、この本丸は新しい刀剣男士を二振り迎えた。金の瞳以外が本来の色ではなく黒い、表情が全く動かないが故にぞっとするほどうつくしい鶴丸国永と、瞳が万華鏡のように煌めく人形のようなへし切長谷部。彼らの主が寿引退し、引き継ぎ先を探していると聞いて、審神者はなるほどちょうどよいと引継ぎを打診した。鶴丸国永もへし切長谷部も揃って顕現していなかったし、彼らの馴染みの刀剣たちがこの情報を知ったときに反応していたからだ。引手は多いだろうからあんまり期待しないように、と言い聞かせてはいたが、なんの幸運か彼らはこの本丸を希望した。
 面接時、対面した審神者と山姥切国広は二振りのあまりのうつくしさに息を呑んだ。元々刀剣男士は見目麗しいが、色彩が違うだけでこうも違うのかと驚いた。真黒の中の蜜色の眼差しが。瞬きのたびに色の変わる万華鏡の眼差しが。感情を乗せずに審神者を貫いて、その瞬間の眩暈を思い出すと未だに身体が震えてくる。三日月宗近を見た時と同じような痺れに似たそれは、引継ぎが決まる際、本丸にいる全員と対面したときに刀剣たちも少なからず感じたらしい。外見の色彩が違うだけのはずなんだけど、演練で会う彼らとは違う感じに見えるんだよねえと首を傾げた燭台切に審神者は頷いた。
 彼らと話した限りでも、むしろ演練で審神者の見かけた二振りより柔らかな性格なくらいで、見目通りの無機質さとは全く違っているにも関わらず。あまりにも色彩が強烈すぎて怖気づいてしまったのは申し訳なかった。ひとはうつくしすぎるものを見ると怖くなるんだなあとは審神者の心の底からの嘆息だ。
 さて、てんやわんやと迎え入れの準備も整い、特に問題もなく二振りをお迎えし、まずは内番、次いで遠征、出陣。交流を深めるために、そして二振りの練度を確認するために組んだ日程で、審神者は頭を抱えた。
 交流において問題はなかった。鶴丸国永は表情が動かず色が違うだけで性格は広く知られる鶴丸国永らしく気さくで朗らかだし、へし切長谷部も瞳が宝石のような輝き故に表情が作り物めいて見えるが、お茶目に真面目な楽しい性格をしていた。ほぼ二振り一緒にいるが、だからといってこの本丸の刀剣と壁を作っているわけもなく、少しずつ馴染んでいっているようだ。
 戦闘においても問題はなかった。なかったが、ちょっと意味が分からないほど強かった。長谷部の投石は的確に敵の急所を抉り動きを止めさせ、その数秒の静止の隙に鶴丸が長谷部を飛び越え一刀のもとに斬撃で敵を仕留める。鶴丸の肩を踏み台にした長谷部が高く舞い、鶴丸との連撃で敵を仕留める。長谷部は鶴丸に向かった矢を、鶴丸は長谷部に向かった石を、当たり前のように地に叩き落した。敵の刃の切っ先を受ける前に避ける。もしくは先に気づいたほうが刃を返す。互いが互いを常に守り、連携し、くるくると戦場に踊る。今のところ彼らは数度の出陣を経ても軽傷にさえなっていない。
 ひどかったのは夜目が効かないはずの鶴丸が夜戦をこなした時だ。それまではなるほど阿吽の呼吸とはすばらしい、で済んだが、昼戦と同じように長谷部との連携で夜戦をこなされた時にはぽかんと間抜け面を晒した。いや確かにこの鶴丸国永は真っ黒なので闇に紛れるけども。
 なぜ、と問われた鶴丸は、長谷部といるから、と答えた。

「さすがに室内だと市中戦みたいにはいかないが、夜目が効かないといっても薄ら見えるし気配もわかる。なにより長谷部がいるのに戦えないわけがない」

 曰く。長谷部と鶴丸は戦っている最中、互いがどのように思考を巡らせているか、なにに意識を割いているのか、次にどう動くのか。それらが鏡合わせの自分を見ているようにわかるのだという。鶴丸の読み取れる長谷部の思考と敵の気配を合わせて予測すれば結構簡単だぜ?と言われて、本丸太刀勢は強く首を横に振った。
 周囲の見えない暗闇の中で予測で動くなど無理にもほどがあるし、それで動きを誤れば味方の足を引っ張るばかりか怪我を負わせてしまう。夜戦における長谷部と鶴丸の活躍は、彼らの今までの経験と強固な信頼に裏付けされた、彼らだけの特権だ。
 まあ戦いぶりは驚きはしたが戦力的にたいへん頼りになるので置いておいて。審神者が頭を抱えたのは、長谷部と鶴丸の親密さだ。仲が良いからこそ二振り共にという引継ぎの条件を出されたのはわかっている。いるが、ちょっと胸焼けを起こしそうな糖度の高いスキンシップを当たり前にする彼らに独り身な審神者の精神はボロボロだった。
 話すときは肩が触れ合う距離で。なにがなくてもとりあえず隣にいて、見かけた限り手を繋ぐか、どちらかがもう一方の服だったり装飾だったりを掴んでいる。この前は長谷部が鶴丸に膝枕をしていた上に、目覚めた鶴丸が当然のように長谷部の頬に口付けていた。この時点でまだ審神者は「あっお付き合いなされてる…」と微笑ましく思っていただけだ。
 しかし。しかしである。あーん、は当たり前。座る時は長谷部の後ろから鶴丸が腕を回す。暇さえあれば万華鏡のように色の変わる長谷部の瞳を鶴丸が飽きることなく見つめていて、結果本丸のそこかしこで二振りが見つめ合って話している様を見かける。鉄壁の無表情な鶴丸の声音が、長谷部と話すときだけ一際甘やかになる。基本的に紫系統の色で輝く長谷部の瞳が、鶴丸といるときだけ色とりどりの鮮やかな輝きを灯す。
 ばかつる、と甘えるようにからかう長谷部を見つめる鶴丸の金の瞳のなんて甘いこと。
 撫でてくる鶴丸の指先のやさしさを受け止める長谷部の笑みのなんとうつくしいこと。
 常時が常時そんな様なのである。べったりとした甘さではないが、こう、なんていうか、こう、居た堪れない!と顔を覆った審神者に山姥切国広が深く頷いて同意した。

「鶴、鶴丸、ちょっと俺を甘やかせ。とりあえず撫でろ」
「ええ………ちょっと長谷部まってくれ、きみそれは可愛すぎる、俺が幸せで死んでしまう」
「俺がいる限りお前は死なんだろう。いいから撫でろ」
「死なないけど!!なんなんだい急に。撫でるけど」
「午前の出陣で部隊が離れただろう、摂取量が足りないんだ。察せ」
「察した。あーーー察した………寂しがりの甘えた長谷部かわいすぎないか………俺の長谷部世界一かわいい………」
「もっと甘やかしていいぞ」
「しんでしまう」

 視線の先で今日も今日とて真っ黒な鶴と万華鏡の藤がはしゃいでいて審神者は項垂れる。独り身にはつらいかわいさかな、とそっと涙を拭いた。