青春ドロップデイズ
肌を刺すような鋭い冷たさは鳴りを潜めてはいるが、まだまだ肌寒い日は続いている。身体を震わせて目を覚ました長谷部は隣に寝ている鶴丸に身を寄せた。ぼんやりとしたままあたたかな体温を堪能していれば、んん、と寝息をこぼした鶴丸がごろんと長谷部のほうに身体を向けてきて、暖をとるように足を絡ませてくる。肌を滑る他人の体温がくすぐったくて声を出さずに笑ってしまった。
しまった、と口元を抑えたときには既に目の前の長い睫毛が震えていて、間をおかずにとろりとした蜜色の瞳が覗く。ゆっくりと視線を長谷部に向けた鶴丸は寝ぼけた声でおはよう、と囁いて、そのまま長谷部を抱きしめて寒いと震えた。長谷部は掛布団を頭の上まで引き上げて鶴丸の頭を抱え込む。
「寒がりだな」
「太刀なのにきみより身体がうすいから仕方ないだろう………腰はきみのほうがほそいのに………なんだこのほそさは、こうしてやる」
「おいやめろ、腕を絡めるなくすぐったい」
「はせべあったかい………」
「つる、つる、寝るな。今日は演練だと張り切っていただろう」
「んん…そう、演練………の、あと、はせべと甘味………」
「好きなもの食べさせてやるから試合も励め。格好良く驚かせてくれるんだろう?」
「たがえるなよ…惚れ直させてやる………」
「わかったわかった、ほら、起きるぞ」
ごろんごろんと布団の上で転がりながら慰めるように髪を梳けば、鶴丸は満足気に長谷部の胸元に顔を埋めた。猫のようにすり寄ってくるものだから、長谷部は愛おし気に目を細めて頬をつむじに寄せる。
ああ、まったく。惚れ直すもなにもない。愛は捧げてしまった。ひとへ慈愛を、黒くうつくしい鶴丸国永へ今生の恋を。とっくのとうに惚れきってしまっている。長谷部がどれほど重たくしつこく甘ったるい、依存と執着のような愛を注いでいるかわかっていないのだ、この黒鶴は。かわいらしいばかりである。
―いいや、その重さに気づいていなくても気づいていても、きっと鶴丸は喜んで両手を広げるだろう。この鶴丸国永は結局長谷部と似たり寄ったりの性質の悪い刀剣なのだ。愛が狭くて深い。情があまりにも濃すぎる。息苦しいほどの濃さは、けれど喜びにしか成りえない。
似た者同士だ、仕方がない。長谷部は二度寝を決めそうな鶴丸の頬を引っ張りながら華やかに笑った。
*
演練には出たことがないんです。長谷部の一言にそういえばそんな話を聞いたなあと審神者は頷いた。長谷部と鶴丸のいた前本丸は刀剣男士が六振りしかいなかったこともあり、演練への参加は免除されていたらしい。さもありなん。一部隊のみでは日々の出陣だけで手いっぱいだ。
じゃあ今度の演練行ってみるか。ついでにご飯も外で食べよう!審神者がそう言い出すのを予想していたのだろう、初期刀の山姥切国広は踵を返して広間へ向かった。熾烈になるであろう演練時の長谷部と鶴丸との、同部隊枠争奪戦の開始を告げるためにだ。もちろん己は初期刀特別枠なので参戦は決定済みである。
―白熱した本丸じゃんけん大会は、石切丸、大倶利伽羅、三日月宗近の勝利に終わった。なんてことだ、初期刀含め長谷部と鶴丸がかわいくてしかたがない甘やかし要員しかいない。これは俺が頑張ってセーブせねば、と拳を握った審神者こそが一番の飴野郎である。仕方がない。二振りは本丸のアイドル、愛すべき麗しの花。かわいいかわいい末っ子だ。割と頻繁に二振りのスキンシップの濃さに熟れすぎた甘ったるい桃を食べたような顔をしてしまうが、それはそれ。鶴丸以外が長谷部にかわいいと言ったら鶴丸の濁った金眼が無感情に見つめてきて、長谷部以外が鶴丸をからかおうとすれば長谷部の万華鏡の瞳が黒く滲みながら見つめてくるが、これはこれ。言葉にせずに可愛がれば無問題、二振りの可愛がり方のマニュアルは出来上がっている。
レストランでご飯を食べる二振りを写真に収める。優先順位の頂点に燦々と輝く使命を胸に、審神者はスマホをポケットに、カメラ二台を山姥切国広と大倶利伽羅へ託した。
*
「鶴丸、藤色の俺がたくさんいる」
「白い俺も割といるな………ううむ、黒い俺に慣れているからか、白が当たり前だとわかってはいるものの、白い俺は違和感だなあ」
「貴様は真っ黒だしな」
「白い俺も格好いいだろう!」
「え、いや、俺の鶴丸が一番格好いい」
「…そ、そうか…………」
「…?鶴丸は他の俺のほうがいいのか?」
「そっ、そんなわけないだろう!ばかはせべ!俺の藤がいっとう、いっとう美しいし可愛いし愛らしいしいとおしいに決まっている!そもそも俺の藤にしか興味はない!ばか!」
「ばかって言うな。………ああもう、そんなに強く手を握るな。すまん。意地の悪いことをした」
「ばかはせべ。きみは俺の唯一だって自覚をもっともってくれ。…今日は添い寝!明日膝枕しておやつはんぶんこ!それで許す!」
「それはいつもと変わらないだろう………?」
「いいや、明日は一日片時も離れない。ずっと隣にいる。ずっとだぜ?」
「それこそいつもだろう。そもそもお前は俺の隣以外に居場所を作る気か」
「………………そんな気ないです………待ってくれ………すごいこと言われてないか俺…?」
演練の控室に入った瞬間からの会話ののちに、長谷部が首を傾げながら楽しそうに頬を緩める。無表情のままおろおろしている鶴丸の手の甲を撫でて、菜の花色の瞳を煌めかせた。
「鶴丸、お前は本当にからかいがいがあるな」
「きみは意地が悪い!とししたのくせに!」
「好きだろう?」
「好き以外になれない」
「ふふ」
無表情のまま長谷部へ蕩けるような声で囁く鶴丸と、桃色の瞳で柔らかに笑う長谷部。控室の出入り口だけ空気がふわっふわしていた。そんな二振りに小さなざわめきと共に視線がチラチラと向けられる。ですよね!うちの長谷部と鶴丸うつくしかわいいからね!そんですごいイチャイチャしてるもんね!見ちゃうよね!わかるー!と審神者が頷く。
真っ黒で無表情な鶴丸国永と、瞳に万華鏡を埋め込んでいるへし切長谷部が、視線に気づいて互いに手を繋ぎながら部屋をぐるりと見渡した。そろって顔を見合わせて首を傾げる。なぜ視線をもらうのか気づいていない様に、石切丸が小さく笑んだ。
「さあ、ふたりとも。演練まで時間があるから、演練について説明しよう。こちらへおいで」
手招くと手を繋いだまま石切丸の元へ歩いてくる。石切丸を含め、審神者も山姥切国広も大倶利伽羅も三日月もきもちはすっかり父親か兄のものだった。かわいいこどもがとことこと歩いている。ううむ、かわいい。勝手に頬がゆるゆるになる。だってかわいい。仕方がない。
向かい合わせのソファの片方に長谷部と鶴丸が隣り合って座り、視線戦を制した審神者が鶴丸の隣、三日月が長谷部の隣。残りの三振りが向かいのソファへ。座った瞬間鶴丸の膝を爪でくすぐった長谷部が知らん顔で石切丸に話を促せば、長谷部の脇腹をつついた鶴丸がそのまま長谷部の肩へ頬を寄せる。うりうり、と頭を長谷部の頬に押し付けながら石切丸へ話していいぞ、と視線を向けた。
石切丸は微笑ましくそれを眺めて、項垂れて悶えている審神者を呆れた目で見やった。うちの主、ちょっと弱い。
「まあ説明と言っても、怪我を負っても試合後になかったことになる、ということと、刀装も元に戻るということ。あとは、この控室で他の本丸と交流を築くかは自由だけど、問題を起こさないこと。ああ、飲み物なんかは好きなものを飲んでいいよ」
「他の本丸の俺か………。藤色の瞳はあんな感じになるんだな」
「きみの瞳は色とりどりだからな。一色にならない」
「飽きんだろう」
「ずっと見ていられるなあ」
交流を持つ気はそんなにないらしい。数多の同系統の色が散りばめられる、瞬きのたびに色を変える長谷部の瞳をじいっと見つめる鶴丸に長谷部は苦笑した。今でこそ慣れ切っているが、慣れていなかった頃は無表情な鶴丸に見つめられるとひどく落ち着かなかったものだ。ほの甘い牡丹色の眼差しで鶴丸の金眼を見返せば、蕩けた眼差しが一心に注がれる。
いつもの通り。困ったように笑う長谷部を夢中で見つめる鶴丸は、審神者にとってはすでに見慣れた光景だが、そう、ここは本丸ではない。今にも口付けができそうな距離感の二振りに控室中の視線が向けては逸らされ、特に同位体である鶴丸国永とへし切長谷部が顔を赤くしたり青くしたり視線を彷徨わせたりと可哀想なことになっていた。隣り合って普通に話していたどこかの本丸の鶴丸国永とへし切長谷部なぞ、長谷部が鶴丸から一歩離れて首まで赤くして俯いてしまっている。鶴丸がオロオロと長谷部の顔を覗き込んで、顔を真っ赤にした長谷部の初心さに胸の高鳴りを覚え、結局お互い顔を赤くして沈黙した。ちら、と視線を合わせ、音が鳴る勢いで顔を背け、また視線を合わせ、背け。とんだラブコメ展開が繰り広げられているが、そんなことは関係ないとばかりに濡羽色の鶴丸は機嫌よさげに長谷部の髪を撫で、彼だけのうつくしい藤を愛でるのに忙しかった。
鶴丸の指の間を、煤色の艶やかな髪が音もなく滑る。黒装束故に目立つ真白の指先が長谷部の形の良いまあるい後頭部を撫で、そのままやわらかな頬へ。次いで首筋をなぞり、シャツの下に隠れていた細い鎖を指にひっかけた。連なる先には鶴丸の瞳と同じ色の琥珀。ネックレスを指に絡めながら満足気に頷いて、鶴丸はようやっと長谷部から視線を外した。といっても、指は相変わらずネックレスや首あたりで遊んでいるし、座っている二振りの間に隙間など全くないし、長谷部も長谷部でたまにじゃれるように鶴丸のふらふらしている指を掴んでは揺らしている。
審神者は歯を食いしばって唇を震わせた。とっても普通の顔を、いや鶴丸は相変わらず無表情だけども。普通の顔をして当たり前のようにじゃれあっている二振りの周りだけに花が飛んでいるようで、我慢しなければ奇声をあげてテーブルに頭を打ち付けそうだった。うちの末っ子かわいすぎじゃない?審神者が視線だけで向かいに座る山姥切国広に問えば、いつもより深く布を被っている山姥切国広は静かに頷いた。うちの末っ子が可愛くないわけがない。
花を飛ばす二振りを見て、ラブコメをやっていた別本丸の長谷部はとうとう居た堪れなくなって顔を覆った。熟れた林檎並の赤さを誇る耳がちらちらと髪の隙間から覗いて、顔を覆った手から零れるうめき声は恥ずかしさで震えている。ここの長谷部、とっても初心だった。そんな長谷部を見てその本丸の鶴丸がきゅんきゅんしているので、ラブコメが本丸帰還後も展開されるのは想像に難くない。
*
甘さの御裾分けとばかりに別の本丸へ爆弾を放り込んだ二振りは、結局試合が始まるまで。そして終わったあと、甘味処でさえぴったりと寄り添ったまま周囲に花を散らしていた。ちなみにその甘味処で初心な長谷部が二振りのあーん、を見てしまい、動揺して食べかけのケーキを零し、慌てて拭こうとして同じく拭こうとしていた鶴丸と手が触れ合ってしまい、更に動揺して飲み物を零し、そして困惑のあまり涙目になり、鶴丸がそんな長谷部に甘やかに笑ったことなど二振りは知らないし、帰ってから初心さを爆発させて鶴丸を避ける長谷部を追いかける鶴丸が、そのうちに真剣に惚れた腫れたの騒動を起こすことも知らない。
なにせ彼らは、互いに互いを愛することにとっても忙しいのだ。