ジャック・オ・ランタンの失笑

 冷たさを感じる無表情に、月光を集めた瞳。青白い肌。星空を移した煌めく黒髪。緩まない口元からは鋭い牙が時折覗き、血に似た赤い口内を垣間見せる。グレーのシャツ、黒いスリーピーススーツ、スーツと揃いの黒いマントの裏地は目に痛いほど鮮やかな猩々緋。
 その視線ひとつで人を狂わせることのできる美貌がにこりともせずに金の瞳を細める様は、知ってはいても背筋が震える程にうつくしかった。
 去年のハロウィンで鶴丸に西洋の服を着せたのは正解であった、と長谷部は過去を振り返りながら頷いた。月の光のような煌めく瞳があれほど映える衣装もあるまい。吸血鬼衣装、素晴らしい。だがしかし、しかしである。長谷部は暇つぶしに泳いでいたネットで見つけて秒速で購入したそれを弄びながらにやりと笑った。
 去年の冷徹玲瓏冷血な雰囲気を押し出した美しすぎる鶴丸もよかったが、素のままの、かわいい鶴丸にこれはたいへんに似合うのではないだろうか。いや似合うとも。絶対に似合う。今年は是非ともこの、日本人の遊び心と無駄に高い技術が詰め込まれた“着けている本人の意思で動く黒猫耳と尻尾”をつけてハロウィンをしてもらわなくてはいけない。
 強い意志を固めながら楽し気な菜の花色の瞳を輝かせて、長谷部は朝食から帰ってくる鶴丸を自室で待ち構えていた。猫耳の準備をするために、常時一緒であった朝食の時間をほんの少しずらしたのだ。そわそわ。ふわふわ。手元で猫耳を揉みながら耳を澄ませる。ずっと共にある鶴丸の気配を、足音を、息遣いを、長谷部が違うはずがない。
 とん、と、知った足音が聞こえれば、長谷部の瞳がきらりと金茶に彩られる。耐えきれない楽しみに小さく笑い声が漏れて、そんな自分にまた笑った。
 ああ、きっと。こんな自分の楽しさを鶴丸も感じ取っているのだろう。足音がほんの少し乱れて速足になる。あっという間に自室の前へたどり着いた鶴丸は遠慮もなく部屋の障子を開け放った。

「長谷部、なにか企んでるな!」
「開口一番になんて言い草だ。勿論企んでいる。今日が何の日か知っているだろう?」
「みんな大好きトリック・オア・トリート。個人的にはおととしの女装した魔女長谷部が一押し…いや待ってくれ、去年の吸血鬼俺の執事な長谷部も………狼男長谷部も…長谷部は何でも似合うなあ」
「しみじみと言うな、俺だって照れるんだぞ」
「俺の長谷部がこんなにもかわいい。心臓が痛い」
「鶴丸には俺がどんなふうに見えているんだ………ああいや、雑談も良いんだが。ハロウィンだろう。今年はこれを着けてほしくてな」

 猫耳を見せるように持ち上げれば、鶴丸がほんの少し目を見開いたあと肩を竦める。それが了承の意であると知っている長谷部は瞳を向日葵のように咲かせて立ち上がった。
 鶴丸の黒い髪を梳いてぴんとたった黒い猫耳をぺたりと乗せると、無機物の冷たさを持っていた猫耳は次の瞬間からいきもののあたたかさを持ち、同時に鶴丸の臀部からしゅるんと黒い猫の尻尾が伸びる。ふわふわした布だった耳が途端に肉の厚みを持ったように動き、尻尾はゆらりと不規則に揺れては先だけくるんと丸まった。尻尾は実体を持った幻覚でうんぬん。脳波を読み取る装置がうんぬん。取扱説明書の中の理屈の部分を流し読みはしていたが、思った以上に猫耳だった。
 おお、と感動したような長谷部に、鶴丸は首を傾げながら着けられた猫耳を引っ張る。

「おお、本物っぽいけど、猫みたいに本能で動かすわけじゃないんだな。こう動けって思うとそう動く感じか。面白いぞ長谷部」

 耳を倒したりたてたり振るわせたり、尻尾を持ち上げて見たり。楽しんでいる鶴丸を見て、長谷部は唇を震わせた。なんてことだ、俺の鶴丸のかわいさが上限を知らない!さっきの首を傾げるのもだめだった。猫耳がプラスされるだけで可愛さが百倍くらいになっていた。もともとかわいいのに。もしかして今年の俺のセンスは過去最高に冴えているのでは…?頭の中でたいへんにふわっふわしたことを考えていた長谷部は、本能が告げるままにその手を鶴丸の頭に伸ばした。察した鶴丸が頭を下げれば、長谷部が震えながら白手袋を取った素手で猫耳ごと鶴丸の頭を撫でまわす。猫耳が時折ぴくりと反応したり、嫌がるようにへにょんと倒れたり、黒髪の中に隠れたり。
 長谷部の頬が林檎色に。瞳は薔薇と躑躅を行き交い燦々と輝き、うっとりと口元が綻んだ。
 今度は鶴丸が震えた。薔薇色の瞳で笑み崩れる長谷部のその、色の変わり続ける花園の瞳はうつくしさの最上だ。それが一心に鶴丸を見つめながら甘い色を伝えてくる。なんてこったい、長谷部がかわいい。いつもだった。
 ふと鶴丸は悪戯心を起こして揺らしている尻尾を長谷部の足に絡ませた。くすぐるように撫でると、ぴたりと動きを止めた長谷部は真顔になって瞳をめぐるましく様々な色へと変えたあと、苛烈な猩々緋へ。うん?と首を傾げた鶴丸の頬をがっしり掴んで、長谷部は人形のようと言われた完璧な笑みを浮かべた。頬を掴んだ指を滑らせて喉を撫で上げる。ついでのように唇を頬に落としたあと、まったく!と怒ったように笑った。

「ねこつるがかわいくて俺の理性が持たん」
「それ俺のセリフなんだが。長谷部が楽しそうすぎて俺の構われたがり精神が持たない。猫耳ばっかり見ないで俺に構ってくれ。さみしくて死んでしまう!」
「何言っているんだ、お前しか見てないだろう」
「猫耳にばかり反応しているじゃないか!ばかはせべ!きみなんて猫耳責めの刑だ!」
「ちょ、ま、まってくれつる、猫耳を擦り付けてこないでくれくすぐったいんだ!ほんとに!首は!」

 うりうりうり。猫耳が首元に当たるように頭を擦り付けてくる鶴丸を長谷部は力尽くで退けることもできずに、更には尻尾で膝裏を擽られて鶴丸に寄りかかるようにして力が抜けてしまった。んふふ、と籠るような笑いが鶴丸の服に押し付けられた長谷部の唇から漏れて、鶴丸は動かない表情筋の代わりにトドメとばかりに支えた手で横腹あたりをつついてやった。