生まれたばかりの春を編む

 長い睫毛が縁取ったまあるい金色の瞳に、ふんわりさらさらとした真白の髪、ふくふくとしたうすもも色の頬が大層気持ちよさそうで、へし切長谷部は緩みそうになる頬に力を入れる。待望の稀少太刀の顕現に審神者共々心躍らせていたはずが、いざ顕現してみればどういうわけか太刀である鶴丸国永は5歳ほどのこどもの姿で現れた。まったくもって愛らしいその姿の鶴丸国永は、名乗りからして盛大に失敗した。

「ちゅるまるくににゃが…だ…?」

 おや?とそこで異常に気付いた鶴丸国永は、ちいさな手のひらを握って開いて、金眼を大きく瞬かせ、自身よりおおきいものしかない景色と、困惑で固まった審神者と、こどもでは抱えきれない太刀である自身の本体を目にして。
 ―服の裾を握りしめて、ふぎゅ、と泣き出した。
 自分がこどもになった上に大きいものに囲まれるのはこわいだろうな、と、へし切長谷部は咄嗟に膝をついて鶴丸国永と同じ目線になった。審神者は異常事態に弱いので放置である。回復したら騒ぎ出すのでそれまでに泣いている鶴丸国永を落ち着かせなければならないのだ。
 丸い金眼からぼとぼとと涙をこぼす鶴丸国永は、目の前でふわりと広がった紫と金にはっとして顔を上げた。上げた先で怜悧な藤色の瞳と目が合う。ぽかんと自身を見上げてくる鶴丸国永に、へし切長谷部は安心させるように微笑んだ。精巧な美貌と硬い雰囲気、無表情気味であった冷たい藤の瞳と薄い唇が、驚くほど優美に弧を描く。滴るようなやさしさが涙にぬれたまろい頬を撫でる指先から伝わってきて、鶴丸国永はじいっとその藤を見つめていた。
 さて、知識やら理屈やら、理性では己は恐らく顕現時になんらかの問題があってこどもの姿になった鶴丸国永だとわかってはいるものの、感情面が人間のこどもとほぼ同じ。自分よりよほど大きな体の相手にびくっとなるし、見知らぬ場所にひとりであるという心細さかららしくもなく涙が出る。けれどその心細さを、白い手袋越しの体温が解いていく。頬を撫でていた手は鶴丸国永のふんわりとした髪を梳いて、泣いたせいで火照った頭部を冷やしていった。

「ようこそ我が本丸へ、鶴丸国永。へし切長谷部と言う」

 そう言って鶴丸国永の金瞳を覗き込んだ淡い藤色の瞳は柔らかに綻んでいて、それを見た鶴丸国永は衝動のままに目の前の大きな身体に抱き付いた。


*


 鶴丸にとって、長谷部以外の刀剣も、審神者さえも、恐怖の対象でしかない。子どもの姿の鶴丸国永を見て叫んだ審神者は鶴丸にとって声の大きな怖い人間であるし、刀剣たちに不思議そうにはるか上の目線から見下ろされたことは若干トラウマになっている。同じ子どもの姿の短刀たちに興味深げに囲まれたことも恐怖を煽るばかりだった。彼らに悪気なんてちっともないことはわかってはいるが、自身の異常への不安と見知らぬ場所への不安が相まって、仲間だろう彼らの普通の態度は鶴丸にはおそろしさばかりを伝えてきた。童心で一度覚えた印象を変えることは難しい。広間での紹介で本丸中の視線を一身に受けた時、ついに鶴丸の涙腺は一気に緩んだ。
 くるんと丸まった白い睫毛が金眼を隠す。ひう、と喉の鳴る音が広間に広がった瞬間、わあああん、と泣き出した鶴丸に、全員が硬直した。短刀は子どもの姿で子どもよりの感性をしているとはいえ、数百年存在していた経験がある。しかし鶴丸は、その経験が知識としてしか残っていない、見目通りのまっさらな子どもだった。

「ひぐっ、う、うわあああああああああんっ!!」

 不安でたまらない小さな身体は全力で泣き声をあげた。どうしよう、どうすればと慌てだす審神者たちをしり目に、カソックを翻した長谷部は顕現時のときと同じように鶴丸の前に膝をつく。広がる紫。しゃっくりを上げながらそれを見た鶴丸は、ぱっと顔を上げた先でやわらかな藤の花を見た。

「すまない、鶴丸。たくさん人がいてびっくりしただろう」

 困ったように眉を下げた笑顔には、鶴丸に―幼子に対する甘さが存分に含まれている。そのままそおっと頬を撫でられて、鶴丸はそのうつくしい藤をもっと見るために着物の裾で顔を拭った。

「ああ、そんなに強くこするな」
「ん、ひうっ」
「拭くから待ってろ」

 ハンカチを取り出した長谷部は擦れないように鶴丸の涙まみれの顔を拭う。目を瞑ってされるがままだった鶴丸の頭をよしよしと撫でたあと、未だ潤んだ瞳で長谷部を見つめてくる鶴丸に微笑んだ。小さく幼い、軽い身体をひょいっと抱き上げれば、鶴丸は金眼をまんまるに見開いて慌てて長谷部の首元に抱き付いた。
 そのままくるりとひと回転。やさしさとうつくしさとおだやかさを溶かした藤が鶴丸の顔を覗き込んで額を合わせる。そうすれば、鶴丸の視界は藤だけだ。たくさんの視線も、たくさんの顔も、知らない場所も目に入らない。咲き綻ぶ藤の瞳は、あまりにも鮮烈に鶴丸の心に焼き付いた。その藤色の安心感にまた鶴丸の瞳が潤む。

「はしぇ、はしぇべ~~~~っ」
「怖かったな、鶴丸、お前はよく我慢した。いいこだ」
「ふえ、ん、うん…っ」
「大丈夫、大丈夫だぞ、鶴丸。怖いことはなにもない」

 そのままあやすように身体を揺られる。耳元でささやかれるあたたかな声に縋るように鶴丸は長谷部にぎゅうっと力一杯抱き付いた。


*


「雛鶴、雛、こら」
「んー!」
「んー、じゃない。そんなに汚してどうするんだ…」

 口の周りをケチャップでべたべたにした鶴丸に長谷部は呆れ顔をしながら布巾を差し出す。口の中をオムライスでいっぱいにした鶴丸は、きらきらした眼差しで長谷部を見上げた。仕方のない奴だ、と長谷部は苦笑しつつ鶴丸の口周りを拭ってやる。目をぎゅっと閉じてされるがままに拭われていた鶴丸は、膨らませた頬の中身をごくんとひとのみ、にぱっと満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう、はせべ。今日のごはんもおいしいな!」
「燭台切が張り切っていたからな。伝えるといい、喜ぶぞ」
「かえったらはせべといっしょに言うんだ」

 胸を張った鶴丸に長谷部が笑みを零すと、鶴丸のほおが薄らと赤くなる。長谷部に笑われるとどうにもくすぐったくて仕方がなかった。ぎゅうっと抱き付きたくなって、長谷部の腕の中に飛び込みたくなる。その大きなてのひらで頭を撫でてほしくなる。
 我慢なんてとてもできない。幼い心は知識だけは溢れる理性を容易く解いて鶴丸を動かした。てててっと駆け寄って座る長谷部の首元に抱き付く。やさしい香りのする、鶴丸が本丸の中で唯一安心して懐ける長谷部の胸元に頬を押し付ければ、苦笑した長谷部がそっと鶴丸の丸い頭を撫でる。手袋越しの感触。柔らかく髪を梳いていった指先は、そのまま鶴丸を抱き上げた。

「本当にお前は甘えただな、雛」
「はせべにだけだぞ!ひなははせべがいい!」
「知っている。そもそも雛、お前は俺にずっとひっついてるだろう。俺以外にいつ甘えるんだ」

 笑いながらぽんぽんと背中を撫でられて、鶴丸はいっそう長谷部に抱き付く腕に力を入れた。やわらかな花の香り。鶴丸が大好きな藤の瞳。長谷部だけが鶴丸の幼さを掬ってくれた。不安に泣く鶴丸に目線を合わせてくれた。あの日から、長谷部は鶴丸にとって父であり、兄であり、絶対の安心であった。
 やさしいひと。小さな鶴丸を抱き上げてくれるうつくしいひと。藤の咲くようなひと。
 長谷部だけがこわくないひとだと、鶴丸は強く、それはそれは盲目なまでに強く、出会ったその時思ってしまったのだ。おかげで鶴丸の人見知りは未だ根深く、長谷部以外の誰に対しても笑顔を見せたことがない。長谷部が傍にいないと押入れや布団の中のひとがいないところに隠れて、長谷部が見つけるまでじっと息を潜めている。長谷部に対する鶴丸国永らしい暇を厭うにぎやかな振る舞いとは雲泥の差であった。
 それでも長谷部が一緒にいればたどたどしくも話せるようになったのは大きな進歩で、鶴丸が挨拶をすれば長谷部が甘やかし、甘やかされた鶴丸がもっと褒めてもらおうとゆっくりと審神者や刀剣たちに歩み寄っているのが現状だ。ちなみに審神者たち側からなんらかのアクションがあった場合、鶴丸は素早く長谷部の元へ逃げるので何振りかはしょんぼりと肩を落としている。
 まだまだ道のりは遠いな、と長谷部は腕の中の鶴丸を抱え直す。花見盛りだろうと燭台切お手製の弁当をもって遠出すれば、山の桜が満開で出迎えてくれた。鶴丸の白い髪についた桜の花びらをとりながらついでにまろい頬を撫でれば、ふにゃふにゃと口を動かしながら長谷部にすり寄ってくる、そのこどもの愛らしさに長谷部の頬も緩む。
 離れないようにと強く握られたストラの先を引っ張れば、むう、と唇を尖らせた鶴丸が大きな金眼で長谷部を見上げた。

「はせべっ」
「なんだ?」
「なんでひなのストラを取ろうとするんだ!はせべはひなの!」
「ふ、ふふ、俺は雛のものなのか?」
「………ひなのじゃないのか?」
「泣きそうになるな、雛は泣き虫だな」

 潤みだす金眼の目元を撫でれば、それだけで鶴丸は楽しそうに笑い出した。長谷部は鶴丸を抱えたまま立ち上がる。ぱっと瞳を輝かせた鶴丸の期待に応えるように、桜吹雪の中、長谷部は優美にくるんとひと回転。きゃあ!と両手を上げて喜んだ鶴丸に、長谷部は花のように笑った。