あなたと1000回恋をしたい!
一回目は、人の身を得て初めてまぶたを開けた時、主の後ろで見つけた花咲くようにうつくしい藤の瞳に。
二回目は、歓迎の言祝ぎを紡ぐ笑いを含んだ声に。
三回目は、顕現したての一歩はふらつくだろうと差し出してくれた、白い手袋に包まれた長い指先に。
四回目は、案の定、歩くという動作に戸惑い、一歩目でふらついた己を支えてくれた体温に。
五回目は、鶴丸国永と呼んでくれた時の、その、酷薄にさえ見える、瞳だけが穏やかなへたくそな笑顔に。
ふらふらと歩き回っていてどこにいるかわらかない鶴丸国永をみつけたければ、へし切長谷部を探せばいい。それはこの本丸においての暗黙の了解とか、常識とか、当たり前とか言われるルールだった。鶴丸が顕現した時に近侍だった長谷部はしばらく鶴丸の世話役をしていたのだが、鶴丸のほうがめちゃくちゃ長谷部に懐いた。それはもう鳥の雛のように暇さえあれば長谷部の後ろをついて回り、長谷部と内番を組んでいないのに、内番相手ではなく長谷部にわからないことを聞きに行ったり、その日の出来事をきらきらした笑顔で話しにきたり、誉を取れば長谷部の元へ突撃して褒めてくれとねだったり、好意が半端なかった。長谷部のところにはだいたいいつも鶴丸が飛び込んでくる。
親子のようだな。いやいや兄弟にも見えるぞ。なるほど、鶴丸が弟だな。うむ、鶴丸が息子だ。
弟(平安生まれ)とは。長谷部は首をひねったが、ここまで素直に好意を示されてあしらえるほど器用ではなかったし、星のようにきらめく金の瞳があまりにも熱烈に見つめてくるものだから、褒めてくれと子どものように駄々をこねる鶴丸に、ご苦労だったなと笑いながら腕を伸ばした。手袋越しに指でその銀白色の髪を梳いて、寒さで赤らんでいる頬を両手で挟んでうりうりと揉む。
「お前は白いから、赤くなると目立つなあ」
寒そうだ、と体温を分け与えるように触れれば、鶴丸は満月のように金の瞳をまあるくした。おや、と長谷部は頬を揉む手を止める。そういえばこの鶴丸、顕現してそれほど月日が経っていないので、親愛を込めて身体に触られる経験がそんなになかったような。触れて、体温を感じる。それは人の身を持ったことで得られたあたたかなもの。慣れていなかった頃は長谷部もよく今の鶴丸のように固まっていた。愛いやつ愛いやつ。長谷部は愉快になって、赤くなっているその頬を柔らかく引っ張った。
六回目は、初めて共にした戦場で見た、真白の刀の輝きに。
七回目は、戦場を駆けてひるがえる、揺れる白と金の美しさに。
八回目は、優美な見目に反する、好戦的で獰猛な、血に塗れた剣先に。
九回目は、頬についた血を乱雑に拭う仕草に。
十回目は、一番星のように爛々と輝く、刃の切っ先のような瞳に。
最近鶴丸が長谷部を避けている。その一報は瞬く間に本丸内に巡り、喧嘩でもしたのか?と聞かれた長谷部は、そういう仲違いではないから心配するなと笑った。事実、前のようにあからさまに懐きに行ってはいないものの、鶴丸の視線は物量を伴うようなレベルで一心に長谷部に向けられていたので、なるほど巣立ちか、と仲間たちはそっとしておくことにした。
長谷部は視線だけを向けてくる鶴丸が以前のように長谷部、長谷部と花を散らしながら隣に並びにくる日を予見して、その藤の瞳を柔らかく揺らす。
ずっと見られていた。顕現したその時から、今も。熱視線というに相応しい熱量を伴ったその眼差しが何に起因にするのか、きっと、わかっているのは視線を向けられていた長谷部だけだ。星を焼き尽くすような金の瞳。心の向かう先を、鶴丸国永さえわかっていなかった。あんなにも燃える瞳を向けておいて。あんなにも一途に長谷部を突き刺しておいて。あんなにもうつくしく星を燃やしておいて!その鈍さは長谷部を燃え上がらせ、火をつけられた長谷部の心のやわい部分が、ちりちりと火花を生むようだった。そうしてほんの少し肌同士の接触を増やすという火花の結果、鶴丸は顔を真っ赤に染めて「風邪かもしれない…」と自主的に長谷部に近付かなくなった。そうじゃない。ときめいてくれ。いや、ときめいているのはわかっている。もしかして…恋…?ってなってくれ。長谷部だけが自覚している状態で告白は失敗の可能性がある。あんな燃えるような眼差しを寄越しておいて失敗とか、どっちにとっても不幸にしかならない。なにより、その熱量に引きずられるようにして高温になった長谷部の心を鶴丸以外の誰が受け止められるというのだ。星を燃やすような鶴丸の心を長谷部以外の誰が呑み込むというのだ。長谷部はとっくに狙いを定めてしまっているのに。
絶対、隣に、引きずってでも戻してやる。長谷部は藤色の瞳で真っ直ぐに鶴丸を射抜いて決意した。まずは自覚させなければならない。鶴丸国永がへし切長谷部に何を求めているのか。何をしてほしいのか。どんな関係になりたいのか。
話して、触れて、目を合わせて。
鶴丸国永にとっての特別がへし切長谷部なのだと、あのうつくしく愛らしい白に知らしめるのだ。
二十回目は、初めて誉を取った時のほころぶような笑顔に。
三十回目は、頬を揉んできたあたたかな指先に。
四十回目は、遠征先から土産だと持って帰ってきた白詰草の花冠に。
五十回目は、投石から庇ってくれた時の勝気な笑みに。
六十回目は、血と泥に汚れて尚、うつくしく舞う白装束に。
七十回目は、切り裂かれた腕にストラを結んで応急手当てをしてくれた時の、普段より深く寄った眉間のしわに。
八十回目は、焼け付くような燃える星の瞳に。
九十回目は、開花した藤の瞳に。
鶴丸は、長谷部の側にいたいと思った。隣を独占したいと思った。笑いかけてほしいと思った。その手を繋いで、あたたかな体温を自分にだけ分けてほしいと思った。それは審神者へ向けるものとは違う独占欲の発露。ただ一振りに向けられる感情のかたち。肌が触れれば恥ずかしくて逃げたくなって、目があえば嬉しくてずっと見つめてしまって、側にいたくてたまらないのに、胸の高鳴りがあまりにもうるさいから、だんだん隣に居づらくなった。
けれど耐えられなかった。隣にいると心臓の高鳴りが痛いほどだから、少しだけ。ほんの少しだけ離れてみようとしただけなのに、隣にいた時の心臓の痛みより、隣から離れて痛む心臓のほうが、鶴丸には痛い。鶴丸ではない誰かが隣にいる長谷部を見るのが辛い。そこは俺の場所なのに、と唇を噛んで、その痛みで、やっと鶴丸は自分の心の求める先を知った。欲しいものがなにかを知った。そうして、鶴丸の視線の先にいつもあるやわらかに燃える藤の瞳が何をして欲しいのかも、知ってしまった。
ああ、長谷部はずっと、知っていたのだ。鶴丸さえ知らなかった、鶴丸の中の燃える星を。長谷部だけを求める炎の熱さを。その熱を、長谷部はなによりも欲している。
覚悟を決めなければならない。鶴丸の心臓がどれだけ激しく動こうとも、長谷部の隣に居座る覚悟を。
―いいや。覚悟はとっくに出来ていたのに、自覚していなかっただけで、こんなに時間がかかってしまった。待たせてしまったからせめて、と鶴丸が燃える熱と共に花束を差し出せば、長谷部は滴る蜜のような笑みを浮かべた。その笑みを見ただけで、鶴丸の心臓がぎゅうっと今までで一番に痛む。鶴丸はもう、その痛みの理由を知っていた。
鶴丸国永は、出会った時からずっと、へし切長谷部に恋をしている。
九十九回目、震える指先で花束を差し出す鶴丸国永に、へし切長谷部は恋をした。
百回目、やっと自覚したのかと花束を受け取ったへし切長谷部の悪戯めいた笑みに、鶴丸国永は恋をして。
百一回目の恋は、はじめての口付けで始まった。