私の愛した世界
真っ白な。
真っ白なワンピースを着ていた。ふんわりと広がったスカート。淡い色をした花のコサージュが胸元に愛らしくあしらってあって、翡翠色の髪には白いレースのついたカクテルハット。
ふわり、軽い音をたててうつくしい手がその翡翠に花冠を飾る。
「綺麗だ、ランカ」
そっと目を細めて口元を緩めるブレラに、ランカは照れたようにはにかんだ。久々の休日に、久しぶりにデートをして。ショッピングも素敵だけれど、たまには2人っきりでゆっくりしたい、と恥ずかしそうに伝えたランカに視線をやわらかくしてブレラはその望みを快諾した。だから2人は今、街の喧騒からは程遠い花園へきている。
ランカがきている真っ白なワンピースはブレラが着てほしいとプレゼントしたもので、その白は花畑の中で一層輝いて見えた。
ブレラはそんなランカの姿を見て蕩けるような甘い色を瞳に乗せて雰囲気をやわらかくする。瞳が、雰囲気が、すべてがランカへのいとおしさに満ちていて。そしてそんなブレラはとても美しくて素敵だと、ランカはブレラに見ほれながらぼおっとする思考でそんなことを思った。ブレラの視線がこそばゆくて、うれしくて、幸せだ。
花の甘い香りと相まって、ランカの瞳もあまぁく蕩ける。幸せで幸せで、怖くなるくらいの幸せに、どうしたって微笑むことしかできない。
「いいにおい…」
胸いっぱいに花の香りを吸い込んだランカは気持ちよさそうに目を閉じる。麗らかな春の日だ。そよ風が花弁を揺らして香りを運ぶ。ひらり、ひらりと舞う花びらは、ランカの真っ白なワンピースを華やかに、淡く、彩るようにその身を踊らせている。ブレラはそんなランカの姿を見て、らしくもなく深呼吸をひとつ。とくんとくん、と、いつもより早い鼓動。
ブレラには、ランカに渡そう渡そうと思いながら渡せずにいたものがひとつある。らしくないと笑われても否定できない程度には、自分が緊張というものをしているのだ、という自覚もある。
ポケットにいつも忍ばせているソレにそっと手を伸ばした。
今のこの状況は―図ったかのように、このプレゼントを渡すにはぴったりなシチュエーションだから。
雰囲気と状況にいくばくかの後押しをもらって、ブレラは緊張を少しも見せることなく、ひどく美しい動作でランカの指先を捕らえた。
ぱちり、ランカの赤い瞳がブレラを見つめる。瞬間吹いた強い風にランカは思わず目を閉じて―。
「ランカ、」
聴覚を犯される、とは、このことをいうのだろう。ブレラはいつだってやさしくあまく、ランカへ声をかける。けれど今の声は―普段の声とは比べ物にならないくらい、やさしさと、甘さと、いとおしさと。愛情に、さらに蜂蜜をたっぷりかけたような、ひどくあまい、こえ。
カッと身体が熱くなる。顔に異常なくらいの熱が集まって、ランカは閉じていた目を思わず見開いた。
開いた目で、見たものは。
「…ッ、あ、」
思わず小さく声を上げる。ランカの視線の先はブレラがそっと拘束している己の手で。その指先にきらりと光るものがある。
―私の、左手の、薬指、に?
指にひんやりとしたものを感じたとたん、ランカの頭の中がぼおっと曖昧になった。ひやりと冷たい金属だけがしっかりとランカに伝わるものだ。……左手の薬指に、銀でできた、ほっそりと美しい、指輪。赤い赤い宝石がひとつ飾ってある。その赤には紫がうっすらとはいっていて、まるでブレラさんの瞳みたい、と、ランカは思った。
左手の薬指。そこにはめられる指輪の意味を知らないわけなどない。
(……え、え、え?)
ぐるぐる。ぐるぐる。ぼうっとしていた頭の中が、次第に忙しなく混乱しだす。そんなランカを見て、ブレラは伏せていたまぶたをあげて。
そっとランカの指先、指輪をはめたところに口付けるさまは、まるで、絵本の中の王子様のようだった。
ううん、ちがう、と、ランカは心の中で否定した。昔絵本の中で見た王子様より、ずっと、ずっと、素敵で、格好良くて、綺麗。
「……ランカ、」
ブレラは美しい獣のような、鋭く強い視線でランカを射抜く。ランカはひゅう、と息を止めてブレラに魅入った。しなやかな美しさを体現した人が、ただただそこに在った。
「ランカ」
名を呼んで、次いでランカに視線を合わせる。
「俺は、ずっとランカと共に在りたいと思っている。」
やさしく指輪をなぞるブレラのもう片方の手のひらには、真っ赤な宝石のついた指輪。一目見ただけでランカにつけられた指輪とペアだとわかる。それをランカに差し出した意味も、ランカは理解した。
理解して、そうして。
ランカは、ためらいひとつなく。一瞬の間もおくことなく。ブレラから指輪を奪い取るようにして受け取ると…ブレラをうかがうように、けれど瞳を揺らしながら見つめた。
「ランカ。俺たちは、式をあげることも、周りの祝福を受けることもできないが、それでも」
2人きりの誓いをすることができるから。信じてもいない神にではなく、ランカと自分に、一生傍にいることを約束したいし―許してほしい。
甘い響きのその声は、ランカにいつだって喜びと幸せと、せつなさしか運んでこない。
ああ、とランカは吐息をこぼした。
ずっと一緒にいたいと強く強く望んでいたのは、ランカだって一緒のことだった。
悲しい悲しい戦いが終わってから3年。いつだって隣にいてくれた最愛の兄の。最愛の恋人の傍から。離れたくなどないと。ランカは胸が切なく痛む思いでいつだって傍に在れることを望んでいた。
歓喜の色が赤い瞳に広がる。ブレラは呼吸ひとつ分の間をおいて、しっかりとランカに視線を合わせて。
「愛してる、ランカ。結婚しよう」
ああ、と。ランカは吐息をこぼす。震える指で、ブレラの左手の薬指に指輪をはめて。そのまま指を絡ませて、ランカはブレラの首元に抱きついた。
答えなど、とうの昔に決まっている。
花びらが一斉に舞い踊る。まるで2人を祝福するかのように風が踊り、小鳥が囀る。
風でふんわりと広がったワンピースとレースが、まるでウェディングドレスのようにブレラには見えた。ランカを中心にした世界が鮮やかに色づいて、世界が祝福してくれているようだとも、思った。
それほどまでに、そのとき、世界は2人にひどくやさしかった。
「……、」
ブレラの耳元で囁かれた答えは、もちろん―