罪が燃えても灰は残るよ

 例えば。
 常に気を付けてヴァルトルスに触れないようにしているゴッドフリーが、それさえ忘れた必死さで手を伸ばしてきたときに、触るなと言い捨てるだけではなく、振り返っていたら。振り返った先の、ゴッドフリーの顔を見ていたのなら。例えいずれ死ぬ運命であろうと、ゴッドフリーのやわい心を壊さないでいられたのではないだろうかと、思う。振り払われた手にゴッドフリーはどれほど傷ついたのだろう。…どれほど心を砕いたのだろう。結局あの後遠征にいったヴァルトルスを待ち構えていたのは、かけがえのない友のいない、侘しいばかりのバベルだった。どれほどバベルを探しても見つからない。何者かに攪乱されているのではと思うほどに些細な情報さえ入ってこない。結局下界の東の大陸でゴッドフリーを見つけた時、ゴッドフリーの中にヴァルトルスは存在していなかった。やわい心も、優しい眼差しも、信念も変わっていなかったのに、記憶だけがごっそりとなくなっていて。亜人と笑い合うゴッドフリーを見て、ヴァルトルスは不純であると思うと同時に、どうしようもない、どうしようもできない痛みを抱えた。
 例えば。手を振り払ってしまったときに、振り返れば。
 例えば。追いつめられていく友に、どんな形でもいい、話しかけていれば。
 そうしたら、ヴァルトルスの愛したゴッドフリーの愚かなほどのやさしさも、やわいこころも、穏やかな眼差しも。擦り切れて壊れていくことなどなかったのでないかと、いつだって心の奥が囁いている。―目の前でもの珍しそうに屋台を覗くゴッドフリーの、輝く赤い目を見れば、尚更。
 死んだと思えばいつの間にか魔導書を媒体に常世に呼び出され、使役され、戦っていた。人間に使われる不快感はあったが、それでもその使役を受け入れた。…もしかしたら、と、ひと握りもない可能性を信じて。もしかしたら―ゴッドフリーに会えるかもしれない。切り捨てるように振り払った手。冷たく吐き捨てたナイフのようなそれが最後に交わした言葉だった。そんな言葉で別れたくなどなかった。だからこそ、そして単純に。ヴァルトルスはただただゴッドフリーに会いたい一心で旅に追従した。
 ―そうして出会えたかつての友に、ヴァルトルスは衝動的に抱き付いた。潔癖であると自他共に認めるヴァルトルスが、唯一触れられる存在。そのあたたかな体温はいつだってヴァルトルスを穏やかにして、優しい赤い目はいつだってヴァルトルスの心を震わせる。大切だと思っていた、そうして無くした友は。抱き付いてきたヴァルトルスに驚いたように目を見開いて、きっと散々傷つけただろうヴァルトルスに向かって、常と変らない微笑みを浮かべた。
 ヴァルトルスの何もかもを受け入れて許したゴッドフリーに、ヴァルトルスは唇を噛みしめるしかできない。許された。…なかったことにされたわけではない。傷つけた事実を踏まえて、その上で、ゴッドフリーは微笑んだ。
 罪も罰も過去になる。そうして変わらず隣に在れることは、ヴァルトルスにとってなによりも愛おしい時間で。けれど同じぐらい痛みを伴うものだった。

*

 罪を許されたとして、けれど罪悪感はいつだって付きまとう。傷跡の引き攣れる痛みは、けれど、けれども。
 決して癒えることのない、唯一の存在と共に居れる証であった。