ふやけた切っ先
切り捨てるべきだと、ヴァルトルスはその碧眼を細めた。ゴッドフリーが戦いを厭うていることは知っていた。種族の壁さえ関係なく、全てを。―それこそ人間たちの崇める偶像の神のように、全てをひとしく、この世界のことを愛していることを知っていた。だからこそ、いつか、もしかしたら、その理想に至るかもしれないと、知っていた。
―世界をすべて、ひとしく、たいらに。
ソレはヴァルトルスにとって許し難い不純そのもの。神である自身と、下等種である人間と、至上の存在である創造主さえすべてをイコールで結ぶということ。虫唾が走り、背筋が凍り、次いで憎しみの混じった怒りがわき上がる。…いつものヴァルトルスならば、既に刃が血で染まっているはずだ。不純を一片たりとも許さず、その理想を抱いたゴッドフリーの命を終わらせてしまっているはずだ。
切り捨てるべきだと。怒りさえわき上がらない、常とは正反対の静寂な思考の中で思う。けれどヴァルトルスは剣を抜くことさえできなかった。ヴァルトルスの性格を恐らく何者よりも知っているゴッドフリーの瞳の中に切り捨てられる覚悟を見出しているのに。…見出してしまったからこそ。ヴァルトルスを襲ったのは、怒りでも憎しみでもなく、寂しさや虚しさと呼ばれるものだった。
「………なぜ、私に、それを」
「…隠し通せると思っていないし、隠したいとも思わなかったんだ。ヴァルトルス。お前の生き方と交わらない、きっとお前が許さない生き方を僕はこれからしていく。そうやって、生きていく。…けれど僕は、お前と友でいたいんだ。僕のこの理想を知って、それでお前に切られるならば切られよう。縁を捨てられたのなら僕も捨てよう。…………許されるのならば、隣にいたいと」
傲慢と罵られても、気に入らないと吐き捨てられても、嫌悪されてもおかしくないことを言っている自覚はあるんだ、と、まるでいつものくだらない話をしているような雰囲気で。―ただ瞳だけが。いつもの薔薇の花びらのような淡い赤でなく、血のような鮮やかすぎる赤で輝いている。その中に、ヴァルトルスに捨てられる覚悟がある。
―捨てられるわけがないだろうと、ヴァルトルスは手のひらに爪が食い込むほど力を入れた。常なら疾うに切り捨てている。…今、この時ではない。ゴッドフリーと出会い、考え方を知り、いつかその理想に至るかもしれないと予見したその時に、とっくに。
けれどその時も、今も、ヴァルトルスはゴッドフリーを捨てられない。剣さえ抜けない。殺意さえわかない。嫌悪さえできない。捨てるにはあまりにもゴッドフリーのやさしさに触れすぎた。そのあたたかな体温に安心しすぎた。得難い存在であると愛を向けてしまった。それは創造主への敬愛とも違う、きっとヴァルトルスがこの先ゴッドフリーにしか抱かないであろう、ゴッドフリーの赤い瞳のような、あたたかでやわらかな愛だった。
捨てるには、大きすぎた。
だからヴァルトルスは血の出る程に握りしめた手のひらを解いて、馬鹿らしいほど真っ直ぐに見つめてくるゴッドフリーに視線を返す。驚いたように目を見開くゴッドフリーの赤い瞳に、情けないほど泣きそうな顔をした己が映っていて。こんなにも苦しくて辛くて、泣きたいほどいとおしいと思ったのは初めてだと目を閉じた。
「………貴様のような愚か者は、私が監視しなければなるまい」
ゴッドフリーが、瞬間、笑み綻ぶ。今まで見た笑顔の中で最上にうつくしい笑みにつられるように、ヴァルトルスもその碧眼に柔らかな輝きを灯した。
*
切り捨てるべきだと言う声に、切り捨てることができるのか、と、ヴァルトルスは問う。唯一傍にいることを許した、むしろ己から傍に行く存在を。
捨てられるのなら疾うに捨てている。それが答えで、それ以外のなにものでもなかった。