人魚の材料

 美しい女がいた。射干玉の長い黒髪、黒曜石の瞳、真珠のような肌。微笑むだけで空気を華やかにする女だった。眼差しひとつで老若男女問わず虜にする女だった。その白魚のような指先ひとつであらゆる人間を支配する女だった。
 美しい女がいた。桜色の唇、けぶるような睫毛、しなやかな手足。支配する側の女だった。いつも誰かに崇められている女だった。その激情さえも讃えられる女だった。
 手に入らないものはないと美しく笑う女は、けれど、恋をした。平凡な女と笑い合う男に。美しい女を讃えはすれど、平凡な女と恋をする男に。手に入らない男に、恋をしてしまった。
 わたくしを選ぶでしょう?だってあの女より美しいわ。
 たしかにあなたは美しいが、俺はこいつが愛おしい。
 手に入らなかった。振り向かれもしなかった。美しい女が宝石のような涙を流して縋っても、抱きしめさえしなかった。美しい女の激情は平凡な女へ向かい、頰を叩き、髪を切り、爪を剥ぎ、骨を折った。こんなにも損なわれた女など見向きもされなくなると美しい女は笑った。笑って、笑って、笑って、男を待って。
 そうして美しい女は、待ち望んでいた男に、顔を焼かれた。男は狂ったように笑いながら女を焼いて、手足を縛って、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、焼いた。
 そして男は美しかった女の焼け跡の目の前で、平凡な女の動かなくなった身体を抱きしめて、湖へ沈んでいった。
 美しい女がいた。恋を欲しがった女だった。すべて自分の思い通りになると信じていた女だった。初めての恋に頰を染めるような女だった。真っ直ぐに歪んだ女だった。
 恋が欲しかった。
 目の前で湖へ沈んでしまった恋が欲しかった。
 だから焼けてしまった女だったものは、焼けただれて炭になった身体で、後を追うように湖へ身を投げた。
 恋が欲しかった。
 湖の底を探しても恋は見つからなかったけれど、いつからか湖の上から恋が落ちてくるようになった。
 恋が欲しかった。
 たくさんの恋を食べたのに、欲しい恋は見つからなかった。だから湖の外を探して、似ている恋は引き摺り込んで食べた。でもやっぱり欲しい恋ではなくて、恋が欲しくて、恋が欲しくて、男が欲しくて。
 美しい女がいた。美しかった女がいた。美しいだけの女がいた。
 恋を欲しがる女が、湖の底にいた。

 それを猫は見ていたけれど、猫には人間の恋などどうでもよいので。
 にゃふんとあくびをひとつして、猫は大好きなご主人の膝の上で微睡んだ。


人魚と猫について

 心中したという話と美しい女がいたという話が混ざって小説内の人魚伝説になりました。もとは別の存在で、上記の通り心中した男を追った女が人魚の形をした怪異の素です。恋が欲しいので恋をしている人間を呼び寄せてしまうし、湖に投げ入れられた名前の書かれた石=擬似死体と恋心を食べまくったので力も強くなりました。恋した男に似た男が来た場合は、今度こそ私のものにするの!と命ごといただきますしますが、似た男が来ることは早々ないので食べた人間はそんなに多くないです。呼愛石を投げ入れた人たちは女の恋が欲しいという欲に同調して、恋=相手が欲しいと強く思うようになり、アタックしたり告白したり一緒にいようとしたりするようになるので恋の成就率が上がりました。思いつめた恋をしている人たちは女に同調しすぎて湖の底にあるはずの恋が欲しくて心中や自殺をしてしまうので、心中の名所であるとひっそり噂になり、それを打ち消すために美しい女がいたという昔話を持ってきて人魚に仕立て上げました。でもなんで美しい女がいるって昔話が残ってるんでしょうね。心中未遂をした人たちが湖の底で手招く人魚でも見たんでしょうかね。
 ふじここコンビが首を刎ねた怪異は美しい女の成れの果てであり、素は人間と言えど数多の人々を害しているので九つ巴さんの人間かわいい慈愛ラインから弾かれています。恋心だけ食べてたのなら斬られなかった。

 宿の看板猫は、初代七竈が守り猫として憑いている守り猫憑き看板猫というめんどくせえ設定です。初代から今代に至るまで名前は全員ななかまど。親も子もななかまど。宿の看板猫はななかまどという認識で成り立っているので誰も違和感を感じていません。小説内文字化けちゃんは今代七竈の身体を借りた初代七竈です。
 初代七竈は心中した男女と後を追った女を見ていましたが、猫は人間の恋模様など気にしていないので死んだな〜と思っただけだし、初代七竈が守り猫として知恵を得た時にはすでに様々な恋心を食らって男女の念が混ざり合った人魚に成っていたので、初代七竈にとってあれは心中した男女の成れの果てで正しいのです。
 村で起こった三角関係の詳しい文献なんてものが残っているわけがなく、当時を知っている人間もいない。真実を覚えている猫はいるけれど猫と人間は価値観が違うので真実が正しく伝わるわけもない。
 なので小説内で開示できる情報はあの程度でしたが、折角考えた怪異ちゃんが本当にちょっとしか出なくて悲しかったので設定暴露しました。
 恋狂いの成れの果てが欲しかった恋は捕まってたまるかと逃げ延びて愛する女と来世を幸せに生きたんじゃないでしょうか。スーパーハッピーエンド。