少女達は灰崎祥吾に恋をする
■少女Aの証文
私は、所謂空気だった。クラスの中でいてもいなくても気にされない、そんな。メイクをバッチリしている可愛い女子でも、男子とも隔たりなく話す溌剌な女子でも、クラスをまとめる委員長でも、部活や勉強で特出したなにかを持っているわけでもない、極々平凡な、普通の女子だ。無視をされるわけじゃないけれど、仲の良いと言える人はいなかった。呪うべきは、話下手な自身の性格であることも自覚している。入学式の日に話した子たちとご飯を食べるだけで、きっとそれがなければ正真正銘ぼっち飯を食べるような人間だ。
それを悲しいとは思ったことはないけれど、寂しいとは多々思う。けれど半年もたって、既に出来上がったグループに馴染めるわけがないのだ。
休み時間はひとりで教科書の準備、移動教室だってひとりだ。ご飯を食べるグループ、には入っているものの、私以外の子たちは仲がよく、私だけがいやに浮いている。最近では、いっそひとりでご飯食べたほうが楽なんじゃない?なんて思う。思いつつ、実行に移せるわけないのだけれど。
その日もいつも通り、昼休みに。寂しい私は図書館にいた。本に囲まれればひとりきりであることを気にしないでいられたから、私は寂しいと図書館へ行くようになっていた。私の通う帝光中学校は、有名な伝統ある進学校だ。だからだと思うけど、図書館の大きさは半端ない。何度足を運んでも新しい発見があってなかなか楽しいのだ。
見上げるほどの本棚は、手を伸ばしても届かない高さ。踏み台を利用して、人の手があまりついていない高い棚にある本を見るのが好きだ。いつの時代のものだ、と失笑するほどの古い本。個人の書いたものなんじゃ…?って、思わず首をかしげてしまう本。いつかの昔の学生の交換日記を見つけたときなど胸を高鳴らせた。甘酸っぱい恋の気持ちが赤裸々に、つらつらと書かれていて。私だっていつか恋を、なんて、思ったりしたのだ。
そしてそのときの私は、日記の文字に詰められた感情に浮かされるように、トンデモないことをした。
まぁ、つまり、あれなの。そう。
まとめ買いしたノートの余っている一冊に―表紙には名前もなにも書かないで。最初のページは飛ばして、2ページ目の上のあたりにひとことぶん並んだ自分の文字。
そのノートを、ドキドキとワクワクが混ざったような気持ちで。
図書館の一番奥、古書が並んでいる、生徒なんてほとんどこない本棚の一番端に。
ひっそり、ひっそりと、押し込めた。
次の日に、なんてことをしたんだろうと、自己嫌悪に陥った。文字だけで特定はできないと思うし、図書館の一番奥の棚だし見つかる確立は低いと思うけど―もし見つかったら、きっと、笑われてしまうだろう。ノートは昔のものではない、学生なら誰でも使う量販してあるモノだし。となれば、生徒の誰かが、という話になるハズで。いたたまれない気持ちになった私は、そのトンデモないことをした次の日には再び件の本棚の前に立っていた。周りを見回す。誰もいないことに安心して、ノートが移動せずに棚にあることに安心して、誰もいないと確認したのに本をとるふりをしながらノートを抜き出した。
よかった、なんてため息を吐いてページを捲る。
(はじめまして、こんにちは)
自分の文字で書いてある文章の、下。
(―はじめまして)
ひゅ、と、自分の呼吸がおかしくなったのがわかった。男とも女ともつかない、お手本のようなきれいな文字。おかしい。誰かに見つかったのなら、こんな格好の笑い話だ、すぐにうわさになる、はず。
どくんと高鳴る鼓動に反して、視線だけは冷静に書かれている文字を追っていた。
(面白いことしてるじゃん。暇なの?)
遠慮のない言葉だと思った。そして不意に、面白くなった。
だって、字はとてもきれいなのに、言葉は乱雑だ。まぁいいかと思う。さっきまでの不安は消えていた。見つかってもどうせ誰がやったかなんてばれないしね?
ちょっとだけ強気になった私は、もう一度周りを見回したあと、お気に入りのオレンジのシャープペンシルで、そのきれいな文字に少しでも近づけるように丁寧に文字を落とした。
(暇です。あなたこそ暇なんですよね、だってこれを見つけて返事をくれるなんて)
相手の顔が見えないこと、喋るのではなく文字であるということ。それらが重なって、口下手な私は消えて、心のままの私がノートの中で喋っている。
それがひどく、楽しかった。
*
(暇じゃねぇよ。最近運動部入れられたし割といそがしーわ。メンドクセェ。っつーか、俺の休憩場所にこんな面白いモン置いとくアンタが悪い)
男の子!次の日にまたノートを開いたら、期待が叶って返事がきていた。男か女かわからなかった人は、男の子。しかも結構口が悪い。そのくせ変わらず、文字はきれいで、やっぱり面白かった。わくわく、どきどき。なんて返事をかこう、なんて。笑いがこぼれた。
(昔の在学生の交換日記がこのあたりにあって、思いついてやってみただけなんです。まさか返事がくるだなんて思わなかったから…。うちの学校、部活すごいから大変なんじゃないですか?)
うん、これをまた、棚に戻して。
そんなことを何度も繰り返した。他愛のないやり取りをほぼ毎日。
彼は、部活の主将が厳しい、授業さぼった、小テストがラクすぎた、とか。そんなことを。私は、今日もクラスで浮いてしまった、授業中に当てられて答えれなかった、小テスト難しすぎた、とか。本当にただの日常を一言二言ぐらいで書いていく。
彼はどうやら同学年で、不良と呼ばれる人で(だってさぼってるし、たまーに喧嘩して怪我したとか書いている)、けれど頭はたいそうよろしいらしい。さぼるから先生から授業中たくさん指名されるらしいけど、答えられなかったことがないそうだ。うらやましい。
あと、けっこう、よろしくない性格っぽい。人のもの奪うの好きって、そんなのただの不良だ。…不良だったね。
きっと普段の私なら、絶対に近づかない人種だった。過去形だ。
だって。たとえ不良でも、性格がよくなくても、滲み出るようなあたたかさがある。クラスで浮いてる、と愚痴をこぼした私に、俺がいるだろ、なんて、冗談のように返してくれた。授業中問題に答えられなくて笑われた、と落ち込めば、どの問題だ?って、ページをたくさん使って丁寧に解説してくれた。
ノートはどんどん埋まっていって、顔の見えない関係を続けて半年。ノートはもう4冊目だ。学年があがるね、なんて文字を書きながら、唐突に思い至った。
私、彼のこと、好きだなって。
顔も知らないのにって思って、小さく笑う。…知らないわけじゃない。不良で、人のものを奪うのが好きで、やさしくて、頭が良くて。組み合わせればわかりやすい。この変に楽しい関係を始めて一ヶ月目ぐらいで気づいた。
だって彼は、あらゆる意味で有名だ。
だから私は彼を知っているけれど、彼は私のことなんて知らない。楽しいような寂しいような微妙な気持ちだ。自分の部屋で、今までの使い切ったノート3冊分を、抱きしめて。
心の中で、ことりと砂糖菓子が転がったような気がした。
*
(会ってみたい)
今までにない緊張のための鼓動の速さを感じながら、そう書いたノートを本棚に押し込む。指先は震えていた。2年生になったら、部活をしている彼はいろんなものに拘束されるだろう。そうしたら、もう、このノートに彼のきれいな字は書かれないかもしれない。そう考えると、どうしても会いたくなった。
会って、好きって言いたかった。…俺も、なんて返されるとは思っていない。でも、彼の目を見て、彼の声を聞いて、彼に私を知ってほしかった。あなたが相手をしていたのは、私なんだよって、伝えたかった。
会いたい、と書いた次の日の昼休み。本棚の前でぎゅうっとノートを抱きしめる。半年間、奇跡的に私と彼以外に気づかれずに続いたノート。私の大切な宝物。
息をそっと吐き出してノートを取り出した。ノートの真ん中よりちょっと後ろ、新しいページの真ん中。
(―後ろ向け)
「え、」
戸惑って、反射的に後ろを向く。振り向いた先の本棚の隙間から鋭い灰色が私を見ていて。その瞳の楽しそうな光に頬が一気に赤くなった。硬直してしまった私に、彼は。…灰崎、祥吾は。
「よォ、はじめまして」
悪戯っこのような微笑を浮かべて、軽く手を振った。
*
結果として、私は振られたことになる。
「お前面白くて好きだから恋人ごっこならできるけど、そんなんイヤだろ?」
困ったように首を傾げながら苦笑されて、「当たり前よ、そんなのイヤ!」って返してた。悲しくはなかった。スッキリした、というか。きちんと返事をしてくれたことが嬉しくて、悲しさを感じなかった、といったほうが正しいと思う。だって私は、空気なのだ。いてもいなくても気にされない、どうでもいい人間。そんな私に正面から向き合ってくれた。それだけでもすごいことだと思うのだ。別に悲しいわけじゃないし、彼がいてくれたおかげで寂しくもない。
まぁ、結果から出した結論として―私と彼は、いまだにノートのやり取りを続けていて。
それにプラス、普通に話したりする、普通の友達になったわけで。
周りの人からすごく注目されたりしたけど、彼とのやりとりでだいぶ図太くなっていたらしい私はあんまり気にならず。
初恋は昇華されて、残ったのは甘い余韻を引きずる友情と、積み重なっていく私と灰崎くんとの関係の証文だ。
■少女Bのヒーロー論
帝光中学校ってねー、有名じゃん?頭イイし、部活に力入れてるし、男子も女子も顔のレベル高い。あげく割と金持ちの子供がそろってる。まぁねー狙われるよねー。不良とか馬鹿な高校生とかアブナイ大人とかにね。
その日あたしは、偶々、ほんっとーに偶々ひとりで帰ってた。いつもは彼氏と帰ってんだけど、彼氏はセンセーに怒られてるから居残り、友達は友達で最近付き合いだしたお相手とイチャイチャしながら帰るっていうし。冷たいなー寂しいなー?なんていいながら、友達思いのあたしは身を引いてやったのだ。
帰り道、お気に入りのキーホルダーをたくさんつけたスマートフォンをいじりながら歩いてた。危ないってわかってるんだけど、どうしても画面に視線が向いちゃうんだよね。まぁ、そのおかげで、不良+高校生な人らにぶつかったわけですけど!
いやな予感がして顔をあげれば、楽しそうに笑う、ダッサイ高校生が3人。顔をしかめたあたしは悪くないハズ。
あたしは自分が割りとかわいい部類の顔をしてることを自覚してた。すごく、ではない。割と、だ。だからヤラシク笑う高校生がなにしようとしてるのかわかったし、あたしにこの状況を打破できる手段がほとんどないこともわかってた。バカみたいなしゃべりかたするなって彼氏に言われるけど、成績は彼氏より良いんだから、まぁ、あたしはそれなりに頭もいい。普段はすぐに出てくる嫌味や憎まれ口が、でも、このときはかみ殺したみたいな悲鳴しか出てこなかった。
振りほどけない力で引きずられた。壁と高校生に挟まれて、顎を無理やりつかまれて。あ、これ、あたしおわった…なんて、たった十数年しか生きていない人生が走馬灯みたいに頭んなか流れていって。
高校生の手が、あたしのスカートをめくる。その日はお気に入りの黄緑の下着を着ていた。黄色いリボンがついてるカワイイヤツ。体は恐怖で震えてたし、涙はとまんなかった。1年は付き合い続けてる彼氏はいるけど、あたしは処女だ。最近のこどもは経験が早いとか言われてるけどそんなの全員が全員なわけないじゃん。見た目で「もうヤッてそう」って言われることはあるけど、正真正銘、あたしは未経験だっつーの。
だから、太ももを触ってくる手がきもちわるくて仕方なかったし、本気で吐きそうだった。
「3年生?かわいいねー」
「ちょっとギャルっぽいけどな」
そんなことを高校生は言う。せめてもと思って暴れてやったけど、相手は3人だ。すぐに押さえ込まれた。キモチワルイ。キモチワルイ。ゆっくりと肌を触る指をへし折ってやりたいって思った。彼氏のことばっかり浮かんで、助けてって叫びたかったのに、口は手でふさがれてて。
お前らゼッテー殺す。犯されたからって泣き寝入りすると思うなよ。そう思って力の限りにらんだけど、涙は止まらないし、体はバカみたいに震えてるし、高校生はニヤニヤするだけだった。心の中で諦めて、おびえる心を叱咤して、この絶望が終わったあとの復讐を考え出したときに―あたしの太ももを触ってた高校生が、文字通り、ふっとんだ。路地裏の奥、地面に滑る音だけが響く。目を見開いたあたしの目の前で残りの2人が戸惑いと憤りを込めて同じ方向を振り向く。
夕日を反射してピンクがかった光を帯びる銀髪に、釣り上がった鋭い銀眼。
だらしなく着こなしている、あたしと同じ中学の制服。涙でにじむ視界でもイケメンだってわかるその人は、びっくりするぐらいあっさり残りの高校生を伸した。倒れている3人の学生証を見つけて奪って、「ガッコーに電話いれとくから」って楽しそうに笑っている。そうしてあたしのほうを向くと、まだ涙の止まらないあたしに、ブレザーの上着をかぶせてくれた。少しだけ甘い匂いがして、それに安心して、あたしはみっともなく泣いた。こわかったのだ。彼はあたしが泣き出すと、困ったようにあたしの顔を覗き込んだ。近くでみてもとんでもないイケメンだった。かぶせてくれたブレザーのすそで涙をぬぐいながら、彼はあたしを家まで送ってくれた。
家につくまで泣き通していたけれど、さすがに家族に変な心配かけたくなかったから、玄関を通るころにはいつも通りのあたしに戻った。ブレザーを彼に返して、家の前まできてすぐに帰ろうとした彼から無理やり名前を聞く。お礼をしたいの、といえば、むしゃくしゃしてたから殴ったんだ、と返される。ツンデレ?ツンデレなの?
先輩命令だし、と言ったら、イヤそーな顔をしつつ、うなずいてくれた。明日の放課後に図書館にきてね!って言って。
ヒーローだと、思った。
あんなタイミングで、あんなにも都合よく、絶対的窮地を助けてくれたヒーロー。
レッドとかじゃない。彼はブラックだ。敵なのか味方なのかわからない、情報を乱してくるくせに、窮地には現れて手を貸してくれる。
灰崎祥吾。有名だ。イケメンで、不良で、フェミニストで、女子の憧れ。言動も考えもまさに不良!って感じだし、センセーたちに対してバカにしたような態度をとるくせに、やたらもてる。理由はこれね。あたしはやっと理解した。
彼は、格好いい。人を守るために暴力を厭わない。それはマイナスに見られがちだけど、絡まれることが無駄におおい帝光中学生にとってそれは自分たちを守ってくれるモノだ。
あんなふうに助けられて、好きにならないわけがない。モチロン彼氏にはこれが恋愛ではないことを説明した。いうなればアレだ。ヒーローに憧れる子供みたいな、そんな憧憬だ。
灰崎祥吾はあたしの中で永遠のヒーローで、年下だろうがなんだろうが、この憧憬と敬愛は消えることはないんだろうなって、確信した。
いつの間にか彼氏まで彼に憧れてたのには爆笑したけど。
■少女Cの証言
アタシは黄瀬涼太の恋人のハズだ。ギリギリと爪が手のひらに食い込む。携帯の画面には、新着メールが1件。
恋人であるハズの涼太くんから、一言だけのメール。「黒子っちたちに誘われたんで、今日のデートキャンセルで!」その文面を見た瞬間、悔しさだとか、惨めさだとか、嫉妬だとか、悲しさだとか。いろんな感情があふれ出して、周りに人がたくさんいるのにも関わらず涙が出てしまった。涼太くんがバスケ部大好きなのは今にはじまったことじゃないし、アタシとバスケどっちがすきなの!?なんて問い詰めるつもりもない。そのあたりをわかった上で付き合ってる。だからといって、これはあんまりじゃない?涼太くんの好みのふわふわの白いワンピースに、気合をいれてメイクをして。モデルをしているからデートなんてめったにできないからとても楽しみにしていたのに、アタシの期待だけが空回っている。
アタシは、彼の、彼女のハズなのにね。
惨めさで笑い出したくなった。泣きながら笑っていたからか、周りの視線が痛いほど刺さっている。ますます惨めだ。メイクが崩れるなんてどうでもよくなって思いっきり涙を拭う。別れよう。そう思った。思って、もう帰ってしまおうと顔を上げる。
瞬間、鋭い銀色と目があった。それはもう音がしそうなほどバッチリと。
「……泣いてンの?」
真顔で言葉をかけてくる彼に呆気にとられる。
涼太くんのライバルで、キセキの世代に嫌われてて、帝光中学女子の憧れ。涼太くんの恋人のアタシは、少なからず話したことのある―
「祥吾くん…?」
「おー、お前らの大好きなショーゴくんですよ。リョータとデート?」
ニヤリとした笑みがばかみたいに似合うイケメンは、からかうようにアタシに近づいてくる。けれど瞳だけは真剣だった。不意に胸の奥が締め付けられるように痛くなってうつむいてしまう。
「………テツヤたちんとこ行かれたんだろ」
ひゅう、と息を呑む。他人に突きつけられた現実は、思いの他痛みを増して胸に刺さった。とまったはずの涙が、さっきより大粒になってあふれてくる。祥吾くんはため息をついたあと、アタシのセットした髪型を崩さないように柔らかく頭を撫でてくれた。それにつられて顔を上げる。
「暇なら俺とデートでもすっか?」
ニヤリ、笑う銀色。気遣うように触れてくる指先に、アタシはすがるように抱きついた。
*
いろいろと限界だったのだと思う。涼太くんに話してもらえるようにいろんなことを話すのにも、彼女だってことを言ってもらいたくてわざと冷たくするのにも、なにをやっても相手にされないことにも。祥吾くんはアタシの愚痴を全部聞いて、聞き終わったあと、どするんだ?と聞いてくれた。別れる、といったアタシに、じゃあしばらく俺が付き合ってやんよ、って言ってくれた。
「いろんなところに出かけて、目いっぱい楽しんで、リョータのことは忘れちまえ」
うれしくって涙が出た。涼太くんへサヨウナラのメールを送る。明日からアタシは祥吾くんの彼女だ。
共犯のような、悪友のような、そんな居心地のよさ。それからの日々は思った以上に楽しかった。じゃれあいのような口喧嘩もするし、デートだってたくさんしたし、祥吾くんを好きな女子の嫉妬から守ってくれた。アタシは祥吾くんのことが大好きで、でもそれは、きっと恋じゃなかった。ちょっと前までは男女の友情なんてムリムリ、なんて言ってたのに―今のアタシと祥吾くんの関係は、ムリだと思っていた男女間の友情そのものだ。
もう、涼太くんのことは傷跡にすらなっていない。薄情って言われたらそうなのかもしれない。だからアタシは、部活が終わるであろう祥吾くんを体育館の外で待っていた。ちらちらと金髪が見えるけど、もうどうでもよかった。今日はどこに寄ろうかな、なんてことばかりを考えて。
部活が終わった祥吾くんに駆け寄った瞬間、キセキの世代と言われる人たちから痛いほどの視線をもらう。それは怒りだったり、軽蔑だったりの視線。思わず失笑した。彼らの中でアタシはまだ涼太くんの彼女らしい。メールも見られていないのかと思うと、こっちこそ、彼らを軽蔑するような笑いがこみ上げてきた。彼ら以外のバスケ部の面々は「やっぱりなァ」「黄瀬、ひどかったもんな…」なんてことをひそりと話している。
気づいていないのだ、キセキの世代は。キセキだけの世界で、キセキだけのコミュニティを作って、ほかを見ない彼らは―実は帝光中学校内で関わりたくない人間ランキングの常時1位だ。バスケ部のキセキの世代以外の人たちは、主将である赤司くんではなく監督が指導をしているし。祥吾くんはレギュラーだけど、だいたいいつもキセキ以外の人たちと練習をしていて、面倒見のいい先輩として下級生に慕われているし、生意気だけどカワイイ後輩として先輩に可愛がられている。知らぬはキセキの世代ばかり。
ふふ、と小さく笑えば、祥吾くんもつられるように笑っていた。
「今日はどこ行くよ」
「この間できたクレープ屋さん!」
元気よく答えたアタシに、祥吾くんはあの時みたいに、気遣うようにやさしく触れてきて。くしゃりと撫でてきた指先を追うように手をつなげば、あたたかな微笑みを返された。
それをアタシは大事にしたいと思った。
きっと愛おしいって、この気持ちのことを言うのだ。
■少女たちの証明
私はDVをしていた彼氏から助けてもらった。
アタシは援助交際でしか求められなかったぬくもりを与えてもらった。
私は後輩に無理やり迫られていたときに助けてもらった。
あたしは勉強のわかんないとこを教えてもらった。
私は不良に絡まれていたのを助けてもらった。
わたしはふられて、自棄になって誰とでもセックスしようとしてたとこを、抱きしめてもらった。
私は。
私は。
私は。
少女たちのささめくような声は、しん、とした体育館に積もるように降ってくる。両の手足では足りないほどの少女たちは、愛おしさを込めて、困ったように笑っている少年を見つめた。
「お前らほんと俺のこと好きだよなぁ…」
ぽそりと落とされた言葉に、少女たちはクスクスと笑う。あたりまえでしょ、なんて返された言葉に、降参とばかりに少年は両手を挙げた。戸惑いと苛立ちを含めて少年を見る色とりどりの少年たちは、けれど、少女のキツイ視線に肩を揺らした。
「私たちは灰崎くんのことが大好きだから、灰崎くんを勝手に悪役だって思い込んでいる人たちを、許せないの」
灰崎、祥吾。キセキの世代になれなかった男。暴力的で手に負えない問題児。それがキセキの認識だったし、キセキから伝え聞いた彼らの高校のメンバーも、それを疑わなかった。鋭い目つきは馬鹿にしたような光を湛えて、口からでる乱雑な言葉は皮肉と嫌味ばかりだったからだ。問題児だったという前情報のせいで、灰崎祥吾は悪であると信じていた。
信じていたのに。
WCの海常vs福田総合。その試合が始める直前に、観客席の一角を占めていた少女たちが、一斉に灰崎へと声援を送ったのだ。
彼女たちが灰崎を好きな理由を、降り積もる雪のように体育館に降らせて。
大好きよ。少女が言えば、私だって!別の少女が声をあげる。たった一人の男を、いったい何人の女が好きになったのだろう。灰崎の隣にいる石田はちらりと視線を流した。キセキの世代―彼らは、呆然と少女たちを見ている。
ウソだ、と言ったのは誰だろう。けれどそれを皮切りに、信じられません、と、黒子は言って、そんな馬鹿なことあるわけねーだろ、と青峰は吐き捨てて、ふざけてんの?と紫原は苛立って、無言のまま灰崎をにらむ緑間がいて、ありえない、と馬鹿にしたように赤司は笑って、憎悪を込めて灰崎を睨む黄瀬がいて。
けれどそんなキセキを、少女たちは戯れのように壊した。少女たちが大切なのは色とりどりの輝石ではなく、光の加減でさまざまに輝く、白銀のダイヤモンド。それを傷つけようとするモノを、少女たちは許さない。
「本当は自分たちこそが遠巻きにされていたんだって、認めたくないだけでしょう?」
嘲笑うようにささやき声は聞こえてくる。石田はぞっと肌を震わせた。こんなにも大きな大会でそんなことを言っては、さまざまな噂が流れるだろう。けれどそれは、少女たちの目論見の通りなのだ。帝光中学校の女子のみならず男子でさえ虜にしている灰崎の評判は、元々がマイナスだ。うわさが流れれば彼の虜な彼女ら、あるいは彼らが事実を話して評判はあがるだけ。けれど逆に―キセキの世代は?中学、高校バスケ界で天才の名をほしいままにしていた彼らの評判は、落ちていくだけだ。
それこそが、彼女たちのキセキへの復讐。
灰崎祥吾という人間を知ろうともしないで、勝手に退部を言い渡した彼らへの。
憧憬も、敬愛も、恋愛も、友情も。すべてを一身に受ける灰崎のための、バスケの外からの攻撃だ。
「こんなことしちゃっても、祥吾くんはきっと、許してくれるのよ?」
くすくす。楽しそうな声が灰崎に向けられる。灰崎はあきれたように肩を竦めて、少女たちへ柔らかな視線をやった。
「バァカ。お前らの大好きなショーゴくんはなー、お前らのこと大好きなんだぜー?」
許すもなにもねーよ!と、彼らしい微笑みを向けられて、少女たちは頬を赤くして笑い返した。
しん、と静まり返った体育館の中、福田総合の面々が小さく笑う。彼らだって灰崎の虜になった人間で、場所が場所でなければ少女たちと語り合いたいぐらいだった。陽だまりのような空気に反して、キセキの世代の周りだけが凍えている。それに石田は喉の奥で笑った。
ざまあみろ。