あなたの愛をどうか彼女に

 ライバルであると思っていた。きらきらと輝くルビー色の瞳も、軽やかに動く感情豊かな姿態も。その感情の向く先には、アルトがいて、私とランカちゃんは恋敵だと思っていたのだ。ランカちゃん自身のことはかわいらしいし素直で好きなのだけれど、その一点だけでは、私と彼女は決して相容れないライバルなのだと―思っていた。
けれど私は、彼女のことも、私自身のことも誤解をしていたらしい。とんだ勘違いだ、と、唇から苦笑がこぼれた。

 *

 そうっと覗き込んでみる。いつもは美しく整っている顔は幼い寝顔をさらしていて、ランカはくすりと音を立てずに笑った。次いでほんのりと青い頬をなでて困ったように首をかしげる。
 先の戦いのあと、再びステージに立ったランカのボディーガードとしていつもそばにいるブレラ。ランカの仕事の忙しさに比例してブレラにも疲労は蓄積されていく。ランカはブレラが守ってくれているから睡眠をとれるものの、ブレラは片時も離れようとせずにランカの周囲に目を光らせている。連日のハードスケジュールでさすがにブレラも疲労に負けたようだ。

(…あんなに休んでっていったのに、やっぱり休んでなかったんだね!)

 もう、と心配気にため息を吐いて、ランカは眠っているブレラの隣に座った。さっきの仕事が今日の最後の仕事で、明日は久しぶりに休みをもらった。ちゃんと休んでもらわなきゃ、と頬を膨らませたランカは、響いたノック音にびくりと顔をドアへ向けた。その音にブレラは反応したが起きはしなかったので、安心して、ランカはドアを開けるべく足音を立てないようにドアへ向かって歩きだす。
 静かにドアを開けた先にいたのは―ランカがもっとも敬愛する、銀河の妖精・シェリルと、その護衛であるアルトの姿があった。
 ランカの様子に2人そろって首をかしげたが、ランカがちらりと部屋の中へ視線を向けた先。ブレラが眠っていることに気づいて納得したようにうなずいた。

 シェリルに連れられて廊下を歩き出す。同じスタジオにいるって聞いたから会いにきたの、と言ったシェリルに、ランカは頬を染めて微笑んだ。薔薇のヴェールに包まれたような頬はたいそう愛らしい。ランカにつられるように艶やかに微笑んで、シェリルは「それにしても、」とおかしそうに笑った。

「彼があんなに無防備に寝顔をさらすなんて、ちょっと信じられないわ」

 あなたに相当気を許しているのね。からかうように言われた台詞にランカはきょとんとした後―耳まで赤くした。きょろきょろと視線を泳がせるその姿にシェリルは不思議そうに瞬く。
 ランカのあわてる姿は、まるで―まるで?
 その瞬間に沸き立つ気持ちを、なんとあらわせばいいのか。どきりと大きく高鳴った胸の奥、今までにも感じたことのある気持ちがあふれてくる。シェリルは信じられない気持ちになりながら口を開いた。

「ランカ、ちゃん…あなた……あの彼のこと、好き、なの?」
「……っ!」

 ひゅう、とランカは息を呑んだ。
 まるで―恋をする、乙女のように。

「…ランカとブレラは、兄妹、だったよな?」

 アルトの伺うような言葉に、ランカは苦く笑ってうつむいた。いつもはふわりとなびく髪は、水を吸ったようにしぼんでいる。ふつり、聞こえた言葉は。
 心の底をひねったような、苦しげな声。

「…兄妹でも、だよ」

 それにシェリルとアルトは同時に息を詰める。かつて、アルトを巡っての三角関係があった。それは今もまだ続いていると、シェリルも、アルトも、勝手に思い込んでいた。ランカの態度が全く変わらなかったせいもある。いまだにランカはアルトとシェリルが一緒にいるのを見ると悲しげにうつむくし、アルトと一緒にいるときにその瞳は美しく輝く。だからこそ、三角関係は変わらずそこにあるのだと思っていた。
 けれどそれは、今まさに、当事者であるランカから否定された。
 ランカは細い声でささやく。

「……いけないって、わかっているから。私とブレラさんは兄妹で、ブレラさんにも、周りからも受け入れられることはないって、知っているから。だから、誤魔化していたの。私が好きなのはアルトくんだって。ブレラさんはおにいちゃんだからって。そうやって、自分の気持ちを、アルトくんを利用して、ごまかしていたの」

 ごめんなさい。最後のほうは声がかすれていた。
 でも、と続いたあとのセリフに。今度こそシェリルとアルトは息を止めた。

「………ブレラ、さんが。受け入れてくれたから…、」

 甘く、けれど暗く微笑んだランカの声は、シェリルの脳内で異様に大きく響いた。隣のアルトが大きく目を見開くのを感じて、シェリルはこぼれる吐息と一緒に小さくつぶやいた。

「ランカちゃんは…ブレラと、付き合っているのね」

 困ったように笑ったランカは。
 その表情をひどく真剣に歪めると―深すぎるほど頭をさげた。いきなりのことに驚く。言葉が出る前にランカの声が真摯に響いた。

「このこと、を。誰にも言わないでください…ッ、私が、なにを言われてもいいです。でも、ブレラさんに…ブレラさんに、ひどいこと、言われたくない!」

 お願いします。何度も響く声。呆然と事を見ていたが、最初に動いたのは―アルトだ。頭を下げるランカの髪をそっとなでて、次いでうつむくランカの顔を覗き込んだ。

「…誰にも、言わないさ」
「あ、ると、くん」
「こんなに拝み倒されて、断りはしねーよ」
「ごめん、なさい…ごめんなさい…!利用してて、ごめんなさ、」
「あー、ったく、泣くな!」

 わしゃわしゃとランカの頭を撫で回して、アルトはシェリルへ視線をやった。呆然としているシェリルの胸に過ぎる感情は。そう、アルトとランカが一緒にいるときに感じるモノの、何倍もの大きさに膨らんだ―嫉妬心。
 はちきれそうなそれは誰に向けられたものなのか。

(―…ランカちゃん、)

 ぐるぐる回る、ランカの笑顔。それを今独占しているのは―ブレラ。
 ぎりっ、と爪が手のひらに食い込む。瞳の奥に憎悪にも似た輝きを隠して、シェリルは柔らかに微笑んだ。

「…大丈夫、よ。誰にも言わないわ。恋愛に―男も女も、血のつながりだって、関係ないのよ?」

 いつものシェリル・ノームのように茶目っ気を混ぜてウィンク。それを受けたランカは―花咲くように、可憐に笑った。

 *

 ずっと、アルトのことがすきなのだと思っていた。アルトがランカちゃんと一緒にいるときに胸の奥がひきつるように痛んだし、ランカちゃんがアルトを呼んで、アルトが笑顔でそれに答えているのを見れば小さな嫉妬の火が灯った。
 アルトにひとりぼっちから救われたのは事実で、やっぱりアルトのことは好きだけれど―けれど、それ以上に。
 ねぇ、私、ランカちゃんに、惹かれていたみたい。
 アルトとランカちゃんが一緒にいれば、一緒にいられるアルトに嫉妬して。名前を呼んでもらったアルトが羨ましくって。
 ……それを、こんな形で自覚するだなんて。

 *

 ああ、とため息と一緒にこぼれた声は、絶望に彩られて尚美しかった。
 できあがった幸せを壊すことなど―幸せに微笑むランカの、その幸せをこわすことなど。シェリルにはできない。気持ちを告げることさえ、しなくていいと、思った。彼女の永遠の憧れであること。それが、シェリルがランカの意識をひきつけられる唯一の方法。

 食いしばった唇に痛みがはしる。瞳は海面のように揺れている。
 それでもシェリルは泣かなかった。
 悲しいし、悔しいし、何故、と思いはするけれど。それでも、幸せにほほえむランカを見て。ブレラに嫉妬こそ抱くものの、胸がひっかかれたように痛むものの―よかった、と、思うのだ。
 愛している彼女が幸せそうで、よかったと。純粋に、心の底から―微笑むことが、できる。

 彼女の笑顔があれば、それだけで生きていける気がした。