そこはやさしい奈落

 ゴッドフリーの月の色をした、けれど太陽の下では陽を反射して白金にも見える髪は、いつも後ろに流しているからか硬く見えがちだが、その実ふわりと風に揺れる程度に柔らかな質だ。偶に竜がその頭の上に乗ってご機嫌に尻尾を揺らしているときも、眩い月の色の髪はふわふわと揺れている。いつも柔らかな輝きを湛えている眼差しは血液のような鮮やかで濃い赤ではなく、薔薇の赤、或いは夕焼けの赤。淡さの残る花弁のような色だ。…その優しげな赤を裏切るように、切れ長の目は鋭く相手を射抜く。常に寄せられている眉間の皺は吊り上がり気味な目と相まって険しさを増すばかりだ。
 本人は全く頓着していないが、鋭利な刃物のような冷たく見える整った顔立ちも、高い身長も、それに見合った均整の取れた筋肉も、筋張った大きな手も、他者を圧倒するには十分すぎる。
 けれどゴッドフリーからは見目で惑わされない、誰にでも穏やかさや優しさがわかるような、あたたかな雰囲気がにじみ出ている。…起きていれば。
(………眠っていれば、獣のようだ)
 眠っているゴッドフリーからあたたかなものは感じることができない。冷たく整った威圧的な風貌だけがそこにあった。例えばそれは、ヴァルトルスやニヒルクラムに対する鑑賞的な恍惚とはまったくちがう、恐怖の入り混じった興味を抱くような。例えば―野生の獣のような。
 木陰で眠っているゴッドフリーにふらりと近付きながらヴァルトルスは眉根を寄せた。あたたかなもの。やさしいもの。ヴァルトルスが一番安心する、友のやわらかな赤い眼差しも、穏やかな声も、すぐに緩む口元も。そのすべてが得られないことになんとなく不満を覚えてゴッドフリーを見下ろす。
「…………多忙であった私に、労わりの言葉くらいかけろ、ゴッドフリー」
 ―ヴァルトルスにわがままを言っている自覚はあった。今日仕事が終わったことなどゴッドフリーが知るわけもないし、眠っているゴッドフリーを見つけたことさえ偶然だ。けれど、と、ヴァルトルスは眠気に蝕まれていく意識の中でゴッドフリーを罵った。
(お疲れ様と、いつも言ってくれているだろう。…私はその、やわらかな声を、聞きたいのに)
 なんで寝ているんだと理不尽極まりないことを考えつつ、ここ数日あまり眠れていなかったせいでぼんやりした頭のまま、ゴッドフリーの隣に座り込んだ。座れば疲労が一気に襲ってくるようで、ヴァルトルスの頭がふらりふらりと揺れ始める。
 ゴッドフリーがそこにいなければ、こんなにも眠気に襲われることはなかった。そもそもヴァルトルスは外でなど寝ない性質だ。…けれど。ゴッドフリーのあたたかな目も声もないのに、傍にいるだけで。いつも感じる香りだとか、偶に聞こえる寝息だとか、そういうものだけで、ヴァルトルスは驚くほど簡単に安心してしまう。微睡の中に沈んでしまう。不本意だ、と、ヴァルトルスは瞼を下ろしながら毒づいた。
 毒づくものの、ゴッドフリーの傍が一番安心することなど疾うに知っていて。ヴァルトルスはゴッドフリーに近付くと、そのまま頭をゴッドフリーの膝に乗せた。筋肉質な硬い太ももで、間違っても寝心地はよくない。けれどそのあたたかな体温は、ヴァルトルスが知る唯一のあたたかさだ。苛立ちや昂った気持ちを落ち着ける、やさしい友の体温だ。
(………起きたら、とりあえず、痺れた足でもつついてやろう)
 とろりと心地の良い眠りが訪れる。見上げればゴッドフリーの寝顔があって、優しい赤い目がみたいと、ヴァルトルスはそう思いながらようやっと眠りについた。
おやすみ、と囁いた声は、ほんのかすかに甘えるような響きを含んでいた。