やわらかな骨

 弱いから優しいのか、優しいから弱いのか。―ゴッドフリーは弱い神だ。人でさえ倒せるだろうほどに。そのくせ理想は叶わないほど大きなもので、不相応の夢を見ている。きっと当人のやさしさからきているだろうその理想を、誰かしらに見下されながらも無様なほどに足掻き続けながら見ているその夢を、ヴァルトルスは砕いてしまいたかった。叶わぬ夢は心を擦切らせていくだろう。数多の冷たい眼差しはゴッドフリーの気づかぬところで彼のやさしさを削っていくだろう。
 ―その弱さとやさしさ故に崩れていくばかりのゴッドフリーを放っておくことができないほど、彼はヴァルトルスにとって心の内に近い存在だった。躊躇いもなく友と呼べる彼のことを、唯一と仰ぐ創造主の次に、大切に……守らねば、と、思うほど。創造主の意に反する不純は滅してしまうヴァルトルスが。創造主を含めた世界すべてをたいらにしたいと、それこそヴァルトルスにとっては十分な不純たる理由を持つゴッドフリーのことを見て見ぬふりをするほど。触れることも、触れられることも嫌悪するヴァルトルスが、唯一己から触れるほど。
 下位の神が上位へと進んでいく中置いていかれるゴッドフリーは、ただでさえ劣等感に苛まれて上手く笑えもしない。挙句上位神であるヴァルトルスが隣にいることはその劣等感を更に大きくしているのだろう。虎の威を借る狐。そう言われていることも知っている。それに困ったように視線を落とすゴッドフリーに、ヴァルトルスはいつだって、落とした視線を上げさせて、叱るように、言い含めるように、ヴァルトルスの中にあるゴッドフリーへの友情を伝えるように、そのあたたかな頬を両手で包んで、薔薇色の瞳を覗き込んで。
「…友の傍にいることの、なにがいけない」
 上手く笑い損ねた下手くそな微笑みを止めさせるように頬を捏ねる。やわらかなその頬はゴッドフリーの心の在り様のようだと、不意にヴァルトルスは瞼を震わせた。ヴァルトルスが知っている唯一のあたたかなもの。そのあたたかさは柔く脆い、だからこそ優しい、弱いものだ。
 守りたいと思う。傷つかなければと思う。ゴッドフリーのその下手くそな笑顔から、愁いがなくなってくれればと思う。けれどヴァルトルスの憂いはゴッドフリーに伝わらない。ゴッドフリーの心の内が、ヴァルトルスにわからないように。
 らしくもなく瞼が熱くなって、ヴァルトルスは目を閉じた。頬を挟んだ手をそのままに顔だけを下に向ける。
 手から伝わるゴッドフリー以外のあたたかさなど、唾棄すべき、淘汰すべき、気持ちの悪い穢れだ。触れたらと思うと酷い吐き気を催す。なのにゴッドフリーだけは平気だった。あたたかな体温は、泣きたくなるほど愛おしかった。
「ヴァルトルス、」
 困ったような声がヴァルトルスに降り注ぐ。顔をあげられなかった。覚えのある限り初めての―泣きそうな顔をしているというのに、あげられるわけがなかった。ゴッドフリーは無言のままのヴァルトルスに再度声をかけることもなく、ただ、吐息だけで微かに笑った。それがまるでヴァルトルスの好きなように、と言っているようで、ヴァルトルスは唇を噛む。
 人のことばかりを考えて、自分のことを疎かにしがちな愚かなほど優しい友の、その心が。じわりじわりと擦り切れていっているその、あたたかなものが。
(……どうしようもなく大切なのだと、そう伝えることができたなら。その崩れていくばかりの心を、治せるのだろうか)
 ゴッドフリーと友になる前の過去の己が見たら吐き気を催すほどの温さを、らしくもない、と、切り捨てるには、感傷は軽くなかった。そのうちにゴッドフリーが朽ちていく様を考えると、身体の芯が冷えて凍ってしまいそうだった。なんとかしたいのに、長すぎる時を経て成った素直でない性分は今更変えれるわけがない。心のうちでいくら訴えようと口に出せないまま、今のように無言の時間を過ごしてしまう。そんなヴァルトルスを苦笑して受け入れるゴッドフリーにヴァルトルスの指先が震える。喪失の恐れからくる怖気が背筋に走った。

(柔らかな肌の下の、弱さに似合った弱く柔らかな骨が、いつか…いつか、折れてしまうかもしれない。―守らなければ。この、愚かしい弱さも、やさしさも、私が)