君の愛はわかりにくい

 ぐたり、と。湖の畔の木陰に力なく横たわっているゴッドフリーは、湖の水で冷やしたタオルを顔にかぶせたまま唸っていた。常にキッチリと着こまれている服は、今は襟元を大きく開けて袖も捲られている。誰が見ても明らかに暑さにやられていた。ゴッドフリーの頭の横で竜が羽を動かして風を送っていて、それでもその微かさはゴッドフリーを暑さから救いはしない。毎度毎度、と、ゴッドフリーはぬるくなったタオルを億劫そうに持ち上げて眉間の皺を深めた。
「あっつい……」
 いつも穏やかな、困ったような眼差しのゴッドフリーが憎々し気に蒼天の空を見上げている。誰にもどうしようもできない暑さがゴッドフリーは苦手だった。懸命に風を送ってくる竜の頭を撫でてやれば、その肌触りはつるりとして冷たい。はっとしたゴッドフリーは起き上がって、首を傾げた竜を懐に抱え込んだ。頬を寄せた冷たい竜の肌が気持ち良くて思わず口からため息がこぼれる。
「お前は冷たくて気持ちいいなあ……、ああ、すまない、暑いか?」
「ぐる、」
 申し訳なさそうに竜から頬を離したゴッドフリーに、竜は咽喉を鳴らすと頭をゴッドフリーの胸元に押し付けた。服の開いた胸元の地肌にひやりと冷たさと加えてくすぐったさも広がる。気にしないで、と言われているようで、ゴッドフリーはくすぐったさを耐えながら竜を抱え直した。ひやりとした重さは先程までの暑さへの恨みつらみを溶かしていくようだった。
 尻尾をゆらゆらと揺らしてご機嫌な竜の頭を撫でながら背中を木に預ける。木漏れ日に輝く水面だとか、風の揺らす木々の囁きだとか、微かに香る花の匂いだとか、太陽が燦々と輝いているからこそ美しくそこに在る自然たちにゴッドフリーの瞳が柔らかく歪む。
(暑いのは嫌だけど、でも、嫌いではないよ。日を照り返す水面も、青々と茂る木々も、透き通るような晴天も。…生きようとしている輝きだ)
 暑いのが嫌いならば部屋から出なければいいのにこの景色見たさに出歩いてしまって、そしてこの湖の近くで暑さに降参した。しばらくは歩きたくないな、と、ゴッドフリーは竜を抱えたままごろんと身体を倒した。腕の中で潰された竜が抗議するように尻尾でゴッドフリーの腕を叩いてくるが、痛くもなんともない甘えのようなそれにゴッドフリーは一層強く竜を抱き込んだ。
「決めた。これから暑いときはお前を抱えることにしよう」
 そう言えばパシリと強く尻尾が振るわれるが、頭を押し付けくるあたり嫌がっていないことなど明白だ。くすくすと笑いながら目を閉じたゴッドフリーは、不意に感じた気配に視線を向けた。
 …暑さなど一切感じさせない麗人が、呆れたように仁王立ちをしていた。
「………ヴァルトルス?」
 きょとんと目を瞬かせるゴッドフリーにヴァルトルスは眉を寄せる。着崩された服も、寝転がったことで乱れた髪も、暑さで赤くなっている顔も。まったくすべてはしたなかった。けれどゴッドフリーが暑さに弱いことなど疾うに知っていたので、ヴァルトルスは口を吐いて出そうなはしたなさへの文句をひとまず飲み込んだ。
「…………ゴッドフリー」
「うん?」
「…………………貴様、暑さで倒れたわけではないんだな?」
「?うん、疲れてはいたけど。休んだから平気だよ」
「ならいい」
 ふん、と澄ましたように鼻を鳴らすヴァルトルスに、ゴッドフリーは不思議そうな視線を向けたまま首を傾げた。
「お前はこんなところで何してるんだ?」
「……ただの散策だ。たまたま貴様を見つけただけだ。…そろそろ帰るぞ。もうじき風が出てくる」
 視線だけで立て、と言ってくるヴァルトルスに苦笑して、ゴッドフリーは竜を抱えたまま立ち上がった。そのままヴァルトルスの隣に並んで歩き出す。
 なんだかヴァルトルスが迎えに来てくれたみたいだな、と言えば、ふざけたことをぬかすな阿呆と辛辣な応えがかえってきて、ゴッドフリーはひどく楽しそうに微笑んだ。

 ―隣に立つゴッドフリーをちらりと見上げて、ヴァルトルスは内心でため息を吐いた。
 …この暑い日に出歩いた、暑さに弱いゴッドフリーが倒れていないかと考えてしまって。思わず探しまわって、見つけたと思ったら横たわっているから倒れたのかと慌ててしまったなど、そんなこと、言えるわけがない。

(……………私は馬鹿か)